副作用と謎の張り合いの件(2)

 ここからは俺の独り言だ、と鷹也が続ける。


「いつか、俺が……透の隣に立てるようになってやる。むやみなポイント狩りはせずに、俺の実力で」


 話題がどうやら変わったらしい。

 転生者が仲間になりたそうにこちらを見ている、というやつだろうか。


 しかし、今は透も勝宏の厄介になっている身。

 それはちょっと自分の一存では、無理だ。


「お、俺は……あの」

「なんだ」

「俺、まだ、……ヒーローに、守、られてばかりだから、」


 一緒にパーティー組むのは無理があると思います。

 やっとの思いで、そこまで言い切った。

 人の誘いを断るのってどうしてこう勇気が要るんだろう。


「……そうか。俺はまずそこのヒーローを、超えなきゃならないわけだ」


 鷹也の声に、呆れたような色が混じる。


 勝宏の腰ぎんちゃく状態、情けないと思われただろうなあ。

 透が肩を落としていると、鷹也は話を終えるやいなやその場できびすを返した。


 はっとなって鷹也の背中を探したが、縮地だろうか。

 もう町を出たのかもしれない。


 飛び入り参加の透が鷹也を倒したことで、集まっていた町の住民たちが一斉に沸いた。


 ほとんど同時に、隣に立つ勝宏の身体がぐらりと傾く。

 どうやら、たいしてMPも回復していないうちから無理をして再変身したようである。

 意識を手放したのか、かろうじて繋ぎとめられていただけの変身も解除されてしまった。


 勝宏、MPギリギリだったのに、牽制していてくれたんだ。

 倒れかけた勝宏の身体を抱きとめようと、腕を伸ばす。

 が、キャッチしようとした透も巻き込まれ、一緒にその場に転がる羽目になってしまう。

 幼少期から二十歳まで、ウィルの転移に頼って生きてきたこともあって、透の体は少々非力すぎるのだ。


 力の抜けてぐったりと重たい勝宏の身体に押し潰されながら、空を見上げる。

 異世界での初めてのまともな戦闘が、いきなり転生者相手になるとは思わなかった。


 何事もなく終わってよかった。

 肺にこもっていた息を深く吐き出して、額に浮かんでいた汗をぬぐう。


 指先を伝った雫は――地に落ちる瞬間、ころん、と小さな音を立てて結晶化した。


「……え?」


 地面の上に横になったまま、落ちた塊をどうにか拾い上げる。

 汗が固まったわけでもなければ、小石が指先に貼り付いていたわけでもなかった。

 落ちたそれは青い宝石、それもカットなどの加工が済んでいる代物だったのだ。


 髪や顎を伝っていた汗が、またひとつ、ひとつと宝石になって転がり落ちていく。

 勝宏に圧し掛かられて身動きが取れない中で、この謎の現象に思考を巡らせた。


 カルブンクは、対価についても何も話さなかった。

 それに類する言葉が確か、……「お兄さんをわたしの好きにさせてもらうね」だ。


 好きにって、てっきり目玉のひとつでも持っていくのかと思っていたが。

 まさか貰われていくんじゃなくて。


 ――人体実験か何か。


 そこまで考えて、血の気が引いた。

 体液が宝石になるなど、原因は彼女しか考えられない。

 カルブンクの魔法の代償とはよもや、体中の水分が宝石になっていくものなのだろうか。


 それは、なんか遠からず死ぬ気がする。

 人間の身体なんて結石一つで手術騒ぎになるというのに、体中宝石で異物だらけになるなんてぞっとしない。

 ものすごく痛そう。


 約束してしまったものはもう仕方がないので、せめて痛くしないでください、と胸中で先の少女に祈ってみる。

 滲んできた涙が頬を滑り落ちたとたん、雫は紫色の宝石になった。


----------


 決闘を見物しに来ていた宿の親父さんが助け起こしてくれた。


 気を失った勝宏を透が一人で担ぐのは難しかっただろうから、親父さんが手伝ってくれて本当に助かった。

 それでも、ひいひい言いながらようやっと部屋に担ぎ込んだていなのだが。


 透の歩いたあとに、ころん、ころんと宝石が転がる。

 勝宏を宿に寝かせて、汗を手でぬぐった瞬間、それらがまとめて大きなエメラルドになった。


「おい、兄ちゃん……今の、どっから出した?」

「あ……えっと、それは……」


 親父さんに問い詰められて、咄嗟に言葉が出てこない。


 こちらが答えないのを見て、親父さんは床に落ちた宝石を拾い上げていく。


 宿に着いてから部屋までの間、ぱらぱらと迷いの森のパンくずよろしく零れている宝石を辿って、あらかた拾い終えた彼が透のもとへ戻ってきた。


「……どうりであんたら、様子がおかしいと思ったぜ。訳ありだな」

「す、すみません」


 透と、ベッドの上で眠っている勝宏を見比べて、親父さんが肩をすくめた。


 転生者だとかゲームだとか、これだけたくさんの転生者がいるこの世界。

 それでもその手の話は基本伏せられている。


 だが、この調子だと、どうやら宿の親父さんにはなんとなく察されてしまったようだ。

 親父さんが、拾い集めた宝石を差し出してくる。


「ほら、兄ちゃんの気持ちの結晶だろう、これは。ちゃんと持っとけ」


 気持ちの結晶。言われて一瞬理解が遅れる。

 ああ、勝宏を助けなきゃって気持ちがカルブンクを呼んで契約に至ったみたいな流れを考えれば確かに、間接的にはそうかもしれない。


「気をつけろよ。あんたみたいなのが公になったら、とっ捕まって一生本国で飼い殺されるぞ」


 なにそれ聞いてない。

 転生者とバレるとそんな仕打ちが待っているのか。


「あ……あの……」

「なんだ」

「その宝石、しょ、処分してもらえませんか」


 考えてみれば透の現状は、水と食べ物を与えれば無限に宝石を精製し続けるスキルの転生者、みたいな扱いになるのかもしれない。

 そんな証拠になるようなもの、持ち歩ける度胸は透にはなかった。

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