第十七話

「あのぅ…あれほっといてもいいんですか?」

「いやぁ…お恥ずかしい話、儂でもあれは止められんのですよ」


目の前で行われている美しい女性の破壊行為を興味津々で見ていた私達だったんだけど、どれだけ待っても終わりが見えないので、隣にいる会長さんに声をかけると何処か達観した表情でそんな事を言うんだ。


魔法を駆使した八つ当たりを見ているのは面白いけど、人様の八つ当たりをずっと見ているのは気が引けるし、あまり見るもんじゃないと思うので、仕方なく場所を移したいと思ったところ、会長さんも同じことを思ったらしく、俺らに対してお茶を持ちながら移動を促してくれた。


「魔法って始めて見たよ!」

「私もです!」


そんな事を生き生きと話す勇気とイデアには申し訳ないけど、その魔法も八つ当たりでしてるんだもんなぁ…正直俺もずっと見ていたいけど、教育上あまりよろしくないから仕方がないよね? さて、別室に移ったから八つ当たりから話をそらそうかな?って思ったら、


「さて、落ち着くまでイデアさんに関係する話でもしようかのぅ」


とお茶を一口飲んで話をしてくれたんだ。


最初はエンゲリスさんとの出会いから。

とある片田舎で農業を営んでいた会長さんが息抜きで川で釣りをしていたところ、山の上の方にまばゆい光を見つけ近づいたところ、気を失いぐったりした状態のエンゲリスさんが空からゆっくり落ちてきたのが見えたらしい。


自分が近づけば近づくほど落ちる速度が速くなっている気がして、全速力で彼女を受け止めると顔色が悪く息遣いも粗く体も震えていたので、彼女を抱えながら慌てて家に帰り三日三晩看病をしたそうだ。


金色の髪の毛に、陶器のように白い肌。

鼻は高く、とがったように長い耳。

はじめてみた異人さんに戸惑いながらも煩悩にも負けず(当時はまだ20代だったそうです)看病をしたところ、ようやく目を開けた彼女に思いっきりビンタをされたらしい。


「いやぁ…あれには参った。やっと良くなったって思ったらいきなりだもんな。本当にショックだったけど、ビンタしたらまたぐったりしちゃったから何も言い返せなくてな。小さくお腹が鳴いてたからおもゆ持って行ったら一心不乱に口に持って行ってさ、そこで初めて儂は彼女が同じ人間なんだって思ったんだよ」


そう懐かしむ表情を見せる会長さんが話したのは、これからの俺らに必要な話。

看病していたエンゲリスさんとようやく話が出来るようになって思ったのが、今後の事。看病している間にいつの間にか日本語を話せるようになった彼女に驚きながらも、異人(外国人)にまだ大きな差別意識があった田舎では彼女は生きていけないだろうと思い悩んでいた会長さんに、エンゲリスさんはこういったそうです。


「長い人生ピンチなんていくらでもありました。最悪自分の身を売れば生きていけますから、私の事はほおって頂いて結構です。今まで看病してくださった事感謝しています。ありがとう」と


それを聞いて「馬鹿にすんな!俺も男だ!女一人くらい守ってやらぁ!!」と啖呵を切った会長さんは、その勢いのまま彼女を連れ都会に出たそうな。

このまま田舎にいたら、せっかく良くなった彼女が今度は偏見に悩まされてまだ駄目になってしまうだろう。それだったら少しでも異人がいるような環境の方が生きやすいだろうと夫婦と偽って地味に困ったのが「戸籍」の事。


異国の王女様と新聞記者の淡い恋が描かれた映画が流行っていた事もあり、都会では異人という偏見がさほど気にならなかったらしいんだけど、出生がわからないエンゲリスさんには戸籍がなく、生きていく上で面倒くさい事が多々あったらしく「あの時の役人は本当に役に立たなかった」なんてぼやいてました。


エンゲリスさんと相談して、記憶喪失で会長さんが保護をしている。現在は生活の為会長さんが養っているが、戸籍が必要になる場合も多くなると思うのでなんとか手続きをしてほしいと何度も押しかけ相談していくうちに、話がこんがらがっていつの間にか夫婦として登録されてしまったそうです。


「儂もエンゲリスもあの頃生きていくので精一杯で、戸籍がどうにかなればどうでもいいって思ったからのう…ゆくゆくはきちんとした形で夫婦として生きていこうと思っていたのじゃが、儂らの夫婦生活はドタバタからはじまってしもうたんじゃ」


そう笑顔で言う会長さんにつられて笑っちゃったんだけど、イデアに必要なところって、会長さんが困った戸籍を含めたところなのかな?って思ったんだ。この日本でイデアって存在が生きていくのに必要な日本にいるって証明。今は成り行きでイデアの面倒を見ている状態だけど、彼女もいつかは一人で生きていかないといけないし、いつまでもおれらと一緒にいれるわけでもないよなぁって思ってたら「一人で悩むことないよ」ってカミサンが声をかけてくれたんだ。


少し横を見ると、会長さんの話に飽きてしまった勇気がイデアを巻き込んでゲーム機で遊んでいる。少し戸惑いながらも、自分が知らない世界を楽しもうとしている彼女達を見ていると、出来ればこの笑顔を守りたいなとちょっと背伸びして恰好付けたい自分がいて、気が付けば口が開いてた。


「会長さん、彼女を守るために、俺は何が出来るんでしょうか?」

「その気持ちがあれば十分。儂も力になるよ」


俺の言葉に笑顔で答える会長さんの笑顔が本当に嬉しく、何度も頭を下げてお礼を言ってしまった俺を見て慌てて頭を下げるイデア。そしてつられて頭を下げる勇気を見て思わず笑ってしまってたら、遠くからトトトトと板の間をかける音がしてきた。


気が付かなかったけど俺らはかなり長い間話を聞いていたのかな?

その間にエンゲリスさんの気が晴れたのであれば良いんだけど、それはこれから来るエンゲリスさんに聞いてみようかな?

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