第53話 怒りの矛先

 ケロスの拳で叩き落されたレンは、意識の無いまま落下してゆく……。このままだと地面と激突して一巻の終わりだったのだが……


「「『ウォーター』!」」


 レアとフェリルの文字スペルを唱える声がハモる。同じ文字スペルから成る特大の水球がレンの落下地点に生成された。


――ザブンッ! 


 落下の衝撃を水中で和らげたレンの体は、水球の下で構えていたレアとフェリルに何とかキャッチされた。


「クレア、お願い!」


「はい! 『癒』!」


――パアァァ


 温かい光がレンの体を包み込む。顔の腫れや痣が即座に引いてゆく……のだが、レンの意識はまだ完全覚醒とはいかなかった。


「う、うぅ……」


「レン! しっかりして!」


「レン殿……!」


 仲間の声に、レンはようやく少し意識を取り戻しつつあったのだが……


――ボウゥゥゥン!!


 空に響いた轟音でレンは否応にも目を覚まさせられた。



        §



――ズウゥゥン!


 翼をもがれた二つの影は一様に地上へと落下して行き、地面に墜落した。


「グ、グオォォォ……」


「うぅ……」


 体の一部を焼かれた痛みに二匹は起き上がれない。……が、


「貴様ァ……! 俺の大事な翼を……! 許さん……! 許さんぞおおおおお!!」


 片膝を立てたケロスが、先程までの遊んでいるような態度を一変させて、尋常ならざる怒号を響かせる。


「ハッ、あんたみたいなのに空は似合わないわ。ただの馬らしく地面を走ってなさい……!」


 地に横たわるサラは、苦しそうな中でも笑みを浮かべてケロスを睨みつける。


「……お前はただでは殺さん!! 絶望の海に沈んだまま叩き潰してくれる!!」


 ケロスは憤怒で顔を歪ませながら立ち上がり、サラを見据えた。ケロスの体にドス黒いオーラが纏わりついていったが……


「サラ!!」


 そこで、先程の轟音で意識を取り戻したレンが仲間達と駆けつけた。


「貴方、翼が……!」


 焼け爛れたサラの翼を見てレアが苦悶の表情を浮かべる。


「今治します!!」


 クレアは文字スペルで治療に入ろうとするが……


「私はいいから……! どうせ人間の文字スペルじゃ効果は薄い……それよりアイツを!!」


 その言葉にレン達はケロスと、今度は地上で対峙する。


「貴様らもか……。人間の癖にしぶとい奴だ……」


「あぁ、腕のいいヒーラーがいるんでな……!」


 レンはそう言いながら付加剣エンチャント・ソードを構える。フェリルは銃を、レアは杖を、サラを守るように位置取りながらケロスに向けた。


「諦めなさい……!! アンタの負けよ!!」


 レアがケロスを睨みつけながら叫ぶが……


「何を勘違いしている……? 俺の翼を奪っただけでいい気になるなよ!!」


 そう言ってケロスは両腕を空へ掲げた。


怒向ドーム!!」


 その言葉と共に、ケロスを中心に怒りのオーラが放射状に吹き荒れた。両腕からは先程の気弾のような物が高速で何百発も打ち上げられ、これまた放射状に広がり、周りへと落ちていった。


「何をっ……!?」


 サラの呻き声にケロスはこれでもかと言わんばかりの愉悦の表情を浮かべる。


「……言っただろう? “怒り”はどこにでも存在するのだ……」


――バキバキッ ゴゴゴゴ……


 そんな音と共に、周りの木々が、岩が……人型を取り“モンスター”となった。


「トレント……!? ゴーレム……!? これは一体……!?」


 フェリルの驚きの声にケロスが応えた。


「俺は奪った“怒り”を他者に与える事ができる……。それは生物とは限らない。森、土地、貴様らが今まで切り崩し汚染してきたたちの怒りが貴様ら自身に向くというわけだ!!」


 そんな事まで……! 苦い顔でケロスを睨むレン達はあっという間にモンスターの大群に囲まれてしまった。……サラがあの状態では空に逃げる事も出来ない。……持久戦となるか。だが怒りを与えたとなればこれは……?


 ……そんな一縷の望みをかけたレンの甘い考えは、直ぐに砕かれる事となった。


「お前の考えている事など分かっているぞ『無』の小僧? 俺が怒りを消費すれば、火山の噴火に必要な量が足りなくなると思っているのだろう」


 レンの考えを見透かすようにケロスは雄弁に語る。


「心配する事はない……。俺が怒りを与えた者もまた、怒りを採取することができるのだ! 根本から奪い切る事は出来ないが……採取した怒りは、そのモンスターが死ねばまた私の元に集まってくるというわけさ……!」


「……っ!!」


 絶望的な状況に、レン達は動揺を隠せない。だがケロスの次の一手はさらにレン達の動揺を誘うものだった。


「……安心しろ。このモンスター達はお前らを襲うことない……。“街を襲撃しろ”!!」


「ッ!!」


 ケロスの号令にモンスターの大群は一斉にアンクルの街へと走り出した。


「お前っ……!!」


 動けないサラの射殺すような視線がケロスへと突き刺さるが、視線を向けられた本人は涼しい顔をしている。


「おーおー……。“怒り”は奪ったというのにまだそんなかおが出来るのか。やはり竜族は生き物としての強度が桁違いだな」


 そんなケロスの軽口を聞いている間も、モンスター達の大行進はどんどん続いてゆく。


「くそっ……! 『雷』!」 「『フレイム』!」 「『ファイア』!」


 レン達は必死に文字スペルを放つが、なにせ数が多すぎる。大群の勢いは全く止まらない。


「無駄だ……! お前たちがいくら足掻いた所で進軍は止まらない! 移動手段も失ったお前たちは、ここで街が蹂躙されるのを指を咥えて見ているしかないのだ!!」


「止めろっ……! モンスター達を止めさせろ!」


 サラの悲しい慟哭が響き渡る。


「いいではないか? どうせ噴火により皆灰燼となるのだ……。それが遅いか早いかの違いだけだぞ?」


 挑発するようにケロスは悪醜な笑みを浮かべる。


「言っただろう……? 


「ッ……!」


 サラは声にならない声に悔しさをにじませた。悲しみ、不甲斐なさ、いろいろな感情が混ざり合って、サラは失意の底に沈んでゆく……筈だったが。




「『雷の剣サンダーソード』!」


「むっ?」


――ザシュッ!


 レンの鋭い一閃は、難なくケロスに避けられてしまう。しかしレンは自分を奮い立てるように叫ぶ。


「まだだっ……! 諦めるなサラ! ここでコイツの『怒』を消せばあの大群はただの自然物に戻るかもしれない!」


 そう言ってレンは行ってしまったモンスターの大群を背に、ケロスへと剣を構える。


「ほう? だがそんな保障が何処にある?」


「そんなもん無ぇよ……だが少なくともお前の命令は聞かなくなるんじゃないか?」


「……」


 その言葉にケロスは黙り込む。


「そうよ……! 今は私達に出来る事をやるしかないわ……!」


 レアも迷いを振り切ったような顔でケロスに杖を向けた。……こいつの諦めの悪さを俺は知ってる。そう思いながらレアを横目に見るレンの瞳に力が宿る。


「そうですネ……! 人間の強さを見せてやりまショウ」


 フェリルも前を向き、銃を構えてナイフを抜く。……こいつの強さを俺は知ってる。力も心も。そう自分に言い聞かせるレンの瞳に更に力が宿る。


「大丈夫ですよ……! 私達は前にも幹部を倒しています! あんなの目じゃないですよ!」


 効果が薄いながらもクレアは、甲斐甲斐しくサラの翼を治療しながら語りかける。……クレアの優しさを俺は知ってる。そう思いながら彼女の声を背に受けるレンの瞳により一層力が宿る。


 レン達パーティーは皆、サラを勇気付けるように自らをも奮い立たせた。


「皆……」


「噴火を止めるんだろう? 諦めるな……!」


「……うんっ!」


 サラとレン達に光が戻った。そんな光景を見て、ケロスは高笑いをする。


「……フハハハ! 身の程を弁えない羽虫ほど滑稽なものはない! いいだろう教えてやる。確かに私の『怒』を消し去れば、あやつらは土へと還るだろう。だがたった四人で私を倒せるか?」


「飛べない馬なんぞ俺達で十分だ。お前の方こそ俺達をただの“数”で見てると痛い目会うぜ?」


 レンは逆に挑発的な笑みで応える。俺達パーティーをナメるなよ? とでも言いたげに。


「良かろう! ならば第二幕と行こうではないか!!」


 ケロスの高らかな宣言にレン達は身構えた。



        §



――カンカンカン


 一方街では、お祭りの準備が着々と進んでいた。屋台が立ち並び、町並みは装飾で彩られ、時計塔の周りには祭壇を組みたてる金槌の音が響いている。


「やはり、この鐘を響かせるのは私の仕事だな……!」


 イグニスは時計塔の上で満足げに、祭り色に染まる街を見下ろしていたのだが……


――ドドドドド……


「ん……?」


 イグニスが火山の方を見ると、土煙と共に地鳴りを響かせる“何か”が近づいてくるのが遠目から見えた。


「あれは……?」


 その揺れは、街の危機と共にゆっくりと、いや確実に近づいてきていた。


――ゴゴゴゴゴ……


 その危機を知ってか知らずか……“火山の火口付近”でも何かが揺れと共に蠢いていた……。

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