第44話 怒らない街


「“怒り”を……盗られた?」


 俺は急に態度を変えたレアとフェリルを見ながらサラに聞いた。


「奴がどうやってこの街の人々の怒りを集めているか疑問だったの……街の観光客の数はとんでもないし、一人ひとり奪っていくわけにもいかない……だからこの街の鐘に魔法をかけたんだ……!」


「さっきの鐘は……?」 


「あの鐘は毎日一回、街中に響くように鳴らしてるの……元々は“竜神祭”の時に鳴らすものなんだけど、観光客用に鳴らしてるみたい」


 ふむ……その鐘に細工が……?


「でもなんでレアとフェリルだけなんだ?」


 見たところ鐘の前後でクレアの様子に変化は無い。


「……鐘の音を聞いた時に怒っていた人の怒りを奪うの」


「それでこいつらは……大丈夫なのか?」


 さっきから話についていけてない三人を見やる俺。


「……怒りを奪われた事以外特に不都合は無いわ……今のところはね」


「確かに操られてるってわけでも無さそうだな」


「ねぇ何の話をしているの?」


 不思議そうに聞いてくるレア。


「あぁ、その事で話があったんだ」


 俺はサラから聞いた事を三人に説明し始めた……。



        §



「うむ……今日もなかなかの収穫だ……」


 火山の火口付近では、一本角に馬の顔を持つ獣人の魔王軍幹部“ケロス”が佇んでいた。


「この街はいい……毎日多くの人間が訪れる……奪われた怒りが街を滅ぼすとも知らずに……ん?」


 ケロスは集まってくる怒りの中に、先日部下が採ってきたのと同じパターンの怒りを見つけてニヤリとした。


「おい、ジャルド!」


「ここに」


 ジャルドと呼ばれた小鬼であるインプは上司の傍に控える。


「……『無』の仲間がこの街に来ている……お前の『擬』で遊んでやれ。ここに近づけさせるな」


「畏まりました」


 そう答えたジャルドは闇へと消えていった……。



        §



「火山が噴火する……?」


 俺から説明を聞いたレアは何とも訝しげだ。


「だいたい何でその子はアンタとしか話が通じないの?」


 うっ……。これで転生特典とか言ったらまた白い目で見られそうだし……。


「こ、怖がってるんだよ……さっきの怒鳴り声のせいで……」


 俺の影に隠れるサラ。


「……どう思う?」


「確かに普通なら信じがたい所ですガ……今、何故だか分からないですが怒りの感情が沸いて来ないのも事実でス……」


「確かに……」


 落ち着き払った様子で答えるレアとフェリル。


「とにかくずっとこのままってわけにもいかないわ。分かった、信じる」


「そ、そうか」


 ホッと胸を撫で下ろす俺。


「それで……どうします?」


「……まずは鐘を止めないと……。鐘の音は何処から来てるんだ?」


「あの時計台からよ! ……たしか今はこの街の町長さんの管理下にあるはず」


「よし、入れてもらえるか掛け合ってみよう!」


 俺達はこれ以上怒りを回収させないために町長さんの下を尋ねた。……のだが、



        §



「あの鐘にモンスターの魔法が掛かっている? まさか」


「本当なんです、少し調べさせてもらえませんか?」


 俺達はこの街の役所に来て、町長のイグニスさんと交渉しているのだが……結果は芳しくなかった。


「……あの鐘はこの街にとって神聖な物です。よその方に触らせるわけにはいきませぬ」


「なによ……本当は“竜神祭”用の物なのに軽々しく使ってるじゃない!」


 ……伝わらないのをいい事に、サラはイグニスさんに毒ずく。


「少しだけでいいんです! 魔法が掛かっているかどうかを見るだけでも!」


 しかし俺達の訴えは、イグニスさんに聞き入ってもらえなかった。


「……仮にその話が本当だとして……、いいじゃないですか怒っている人がいなくなるんですから。益々この街の評判が良くなりますよ! 安全な街として観光客も更に増えるんじゃないですか?」


 穏やかな笑みを浮かべながらあっけらかんとして答えるイグニスさん。


「残念ですが……お引取りを」


――


 俺達は取り付く島も無く帰らされてしまった……。帰り道でもサラはまだ愚痴っている。


「あの人がこの街の町長になってから、金儲けのことばっかり……観光客のことしか考えてないんだから……!」


 相当なイラつきようだ。そんなサラに俺は気になっている事を聞いてみた。


「なぁ、竜神祭って何だ?」


 俺の質問にサラはガラッと態度を変えて誇らしげに語りだした。


「竜神祭って言うのはこの街に古くから伝わるお祭りのことよ! 年に一回、アグニ様と火山に棲む火竜達に感謝をささげるお祭りなの。そのお祭りで人々が感謝を示す事によって神の怒りを静めるものなんだけど……」


「へぇ、あの山にはドラゴンが住んでるのか」


「そう、でも最近行われていないの……」


「なんで?」


「温泉事業を前面に押し出して、観光地としてPRするほうがお金になるっていって……」


 サラはなんだか悲しそうな顔をしている……。


「あの鐘もね……山に住む火竜達のブレスで鍛えて作られた特別なものなの。人々の想いが火竜達に伝わりやすいように精霊魔法が掛かっていて、人間と火竜達を繋ぐ大事なものなのに……今では昔のお祭りで使われていたものですよ~って触れ込みで観光用に使われちゃってるの……」


「……」


 サラの悲痛な独白は続く。


「だからそこを魔王軍に目つけられちゃって……怒りを集めるのに利用されちゃってる……」


 握り拳を震わせるサラ……。


「だから……! 何としてでも止めないといけないの……!」


「……わかった。 今夜、時計塔に忍び込んで調べよう。そしてルーンが刻まれていたらその時は……」


「!? 壊しちゃダメ!! あれは大切なものなの!!」


 俺の袖を強く掴むサラ。


「壊さないよ。『無』でルーンを消すんだ」


「『無』……?」


 首を傾げるサラ。……言ってなかったっけ?



        §



 ホテルに戻った俺達は時計塔にこっそり忍び込む計画を仲間に伝えた。だが、大人数で行ってもリスクが上がるだけという事で、侵入には慣れているフェリルと「無」を持つ俺の二人で行く事になった。


 サラは最後まで着いていくとダダをこねていたが、この街のためだろ? 人は最小限の方がいい、と説得を繰り返し、なんとか納得させて俺の部屋で待っていてもらった。……もし荒事になったらサラは危ないしな……。


 そんなこんなで夜。俺は装備を整えてロビーでフェリルを待っているわけなのだが……遅いな、どうしたんだろうか。


 彼女が部屋から下りてくるであろう階段を見ながら待っていると、後ろから声をかけられた。


「やぁ!」


「ん?」


 見るとフェリルがホテルの入り口の方から近づいてきた。


「あれ、まだ上かと思ってたらもう来てたのか」


「え? え、えぇ……」


 なんだか歯切れの悪いフェリル。……まぁいいか。


「じゃあ、行くぞ静かにな」


 そう言って俺はフェリルと一緒に外へ消えて行った。時計台を目指して……。


――


「いやー遅くなりましタ! レア殿に『二人っきりだからって余計な事はするな』と釘を刺されましテ……ってアレ?」


 ……階段から降りてきたフェリルはレンの見当たらないロビーに首を傾げるばかりであった。

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