第34話 残された者達

「本当にこっちに行ったのですカ~……?」


 漠然と歩いているような気がしてならない私は吐き出すようにそう呟いた。私達三人はクエスト先でレン殿を見たという人の話を聞いて、東の森の奥深くまで来ている。


「ギルドの人はそう言ってたわ。でも声をかけようとしたら何も喋らず逃げちゃったんだって」


「うーん……それがレン殿だったとしても何故逃げるのでしょうカ?」


「出てくるタイミングでも見失ってるんじゃないの? 全く見つけたらただじゃ置かないんだから……!」


 そう言って一人どんどん進んでゆくレア殿。


「レア殿はレンが居なくなっても相変わらずですネ……」


「……そうでもありませんよ?」


 私の独り言に優しい笑みを浮かべながら合いの手を入れるクレア殿。


「レアさん、最初の数日はフェリルさんと同じように塞ぎこんでいたんですよ?」


「え……?」


 その言葉に驚く私。塞ぎこんでいタ……? あのレア殿が?。


「レンさんが帰ってこないのは、私に愛想尽かしたからなんじゃないかって。だから私は言ったんです。あの優しいレンさんが何も言わずに消えるわけ無いって」


 なんと……。あの様子からは想像も付きませんが、レア殿も不安だったのですネ……。


「それに……レンさん、レアさんの事を目で追っていましたよ……? だから愛想尽かすわけないです! って教えたら、直ぐ元気になりました。パーティーがこんな湿っぽかったらレンさんが帰ってきたときに寂しくなっちゃいます! ……とも言って」


「それは本当なんですカ……?」


 全く心当たりのない事柄に、私は思わずクレア殿にそう聞き返すと、


「本当ですよ。レアさんだけじゃなく三人とも目で追ってましたが」


 クレア殿はいたずらっぽく微笑みながら、そう答えた。……クレア殿のこんな一面は初めて見た気がしまス。


「……そうでも思わないと寂しいじゃないですか。“信じるものは救われる”。これは神の言葉ですが、何も神様だけじゃなくて、自分でそう思ったほうが人生前向きになれる気がするんです」


 なんて、シスターが言ったら怒られちゃいますね。と続けて舌を出すクレア殿。


「……イイエ、私もそっちの方が好きでス」


 私は誘われるように微笑んでそう返しながら、また少し仲間と近づけた気がして嬉しくなった。そうだ、今まで遡っていた事を隠してきた私は知らず知らずの内に壁を作っていたのかもしれない。だがもうそんな必要は無いのだ。


 信じてくれた仲間だからこそ自分も飛び込んでいこう。私は自分の心の中で、改めて強く決心したのであった。


「皆何やってんのよ! 置いていくわよ!」


 声のする方を見ると、だいぶ先でレア殿がこちらを向きながら手を振っている。


「……行きましょうカ」


「……ええ!」


――私達新人パーティは、欠けた仲間を求めてまた歩き出した。




        §




――ガサッ


「……」


「あっ!! レン!!」


 森の中を捜索する事数十分。私達が彼の姿を見つけたのは突然、いや不自然なほどに急だった。


「……」


「ちょっと! 今まで何処行ってたのよ! 心配したんだから!」


「……」


 レア殿の叫びに、レン殿は一言も発さず此方へと近づいてくる。


「レン……?」


 明らかに様子のおかしいレン殿に、私達は不安げに顔を見合わせる。と、次の瞬間……


――フニッ


 そんな擬音が聞こえてこようかと言うほどに、レン殿ははレア殿の胸を大胆に揉んだ。一瞬の静寂。


「っっっ!! な、何してんのよあんたはぁぁぁぁ! 『フレイム』!」


 一瞬で離れたレン殿に向かって炎を放つレア殿。顔を真っ赤にして、息も荒く絵に描いたようにパニックになっている。……それはそうダ。私だって同じ立場ならそうならない自信はなイ。……と、レア殿はその勢いで此方へ駆け寄ってきて私の肩をつかんだ。


 「なに!? 何なのあいつ!? 一週間振りにあったと思ったらいきなり何してんの!? いやその位私を求めてたってこと!? いやそれならそれで抱きしめるとか他に何かあったんじゃないの!? っていやそうじゃなくて!! 会えて嬉しいと思ったのにワケわかんない! 大体あいつ大きい方がいいんじゃないの!?」


 大声で個人的感情をまざまざと垂れ流すレア殿。そんなこと私に聞かれてモ……。


 目の前の錯乱っぷりを見たおかげかいやに冷静だった私は、荒ぶるレア殿をクレア殿に預け、とりあえず状況を把握しようと動き出す。


「レン殿……右肩を見せてもらえますカ?」


「……」


 レン殿は答えない。これは……。考えられる可能性の一つにブチ当たった私は、取り急ぎレア殿を宥める。


「……レア殿落ち着いてくださイ。レン殿がいきなりあんな事をすると思いますカ?」


 クレア殿に抱きしめられているレア殿は、私の言葉に少しだけ落ち着きを取り戻す。


「どういう事よ……。 あれがレンじゃないって言うの?」


「本物なら右肩に『無』のルーンがあるはずでス。まずはそれを確かめまショウ」


「……分かったわ」


 偽者ならそれはそれで問題だわ……とでも言いたそうな不服顔でレア殿は答える。


「まずは……『奪』!」


 私は文字スペルを開放した。狙いは彼の上着。振り上げた腕が輝く。……しかし発動し終わった右手には何も収まっていなかった。


「やはり……不可エラーということはあの服には実体が無イ……!」


――ダッ!


 逃げるように走り出すレン殿の姿をしたモノ。


「『ファイア』!」


 それを牽制するように放った私の魔法銃が、彼の足を数秒止まらせる。そこへ……


「『風の刃ウインドカッター』!」


――ズバッ!


 レア殿の魔法がレンの右肩の服を切り裂いた。そこには……


「やっぱり……」


「……ちっ、バレちまったか」


 レン殿の声とは程遠いドスの利いた声が辺りに響き渡る。


――切り裂かれた右肩の袖の下には、「無」ではなく「擬」のルーンが刻まれていた……。


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