第3話 有望株

この世界は書類に書かれている文字で判断される。性格も判断材料だか、割合では前者の方を重視する方が多い。後者だけが良くても社会は受け入れてくれない。こんな社会にいつからなってしまったのだろうか?俺は両者とも良い状態でありたいと願った。そんな人間には輝かしい人生が待っている。だが、人は大切な分岐点を間違えると後者が良い状態ではなくなった。人は悪い方に影響されやすい。だから、前者だけでも良い状態にしたかった。でも、両者とも良い状態に出来なかった。まるで、極夜は1生続く。太陽の様にのキラキラとした日々は太陽が出ない真夜中に変わった。輝かしい人生は遥か遠くに行ってしまった。俺の両親は多田野企業の社長と代表取締役でお金は他の人よりも多く持っている。だが、俺は大学に入りたい。俺は親の脛をかじって生きる事を好まない。こんな俺が次の社長として多くの事を学ばなければ、いずれ倒産してしまう。積み重ねた歴史が1瞬にして白紙になる事が怖かった。それが俺の本音だから予備校に行って勉強していた。1年目は両親にお金を払ってもらっていた。予備校に行く前から、毎回模試では絶対に合格出来る点数を取る事が出来ていた。だが、俺の弱点は他にある。それは本番にとても弱い事だ。大学試験が始まろうとすると過呼吸になる。普段は過呼吸にはならない。なんでこんな時に起きるのかは分からない。武者震いなのか、持病なのか分からない。神は俺に過酷な試練を与えた。そんな悲惨な事件とまで呼べる事を先ず、父のつよしに伝える。

「俺、もう終わったわ」

「大学受験が初めてだからしゃーねーだろ。またやれよ」

「次もこうな症状になったら、俺はどうしたらいいんだ?」

「病院で何も言われなかったんだから、お前の体に何もねえんだよ」

「俺の家系にこんな症状が出る人はいるのか?」

「いねぇーよ」

発展性のない話と思えた。何を話しても否定する父から立ち去った。次に母の晶子あきこに伝える。

「なんか、今までごめんな」

「大学受験は何回でもできるわ。次は出来るんじゃない」

「またこんな症状が出たらどうすればいい?」

「病院からは薬もらったんでしょう。毎日飲めば変わるわよ」

両親は大学受験の事を深く受け止めない。なぜなら、もう働き先はあるからだ。最後に妹のももに伝える。

「俺、大学受験、落ちたかも…」

「あっ、そ。それがどうしたの。我が家だったら関係ない。しかも、仲がいい人と会いたければ今の時代なら、いつだって会えるでしょ。いい時代に私たちは生まれたんだよ。仲がいい人と同じ大学に行く必要あるの?」

「俺は社長として多くの事を学ぶ必要があるんだ」

「仲のいい人といつまでも話せると思わない方がいいよ。いい時代だから、すぐに遠い何処かに行ける時代なんだよ。いつも話をする事が出来ると思っていたら、いつか悲しむ日が来るよ」

「さっきと言っている事が矛盾しているけど」

「相手が暇という条件付きでだったら、いつでも会えるけど、人って毎日暇じゃないでしょ。しかも、大人になればなる程、その時間は短くなるの」

とても重い事を言われた。でも、俺はそんな理由で勉強から逃げたくない。妹は今をときめくJKだ。俺の大学受験の1回目の時に妹は高校受験をしていた。だから、俺の大学の受験の結果を妹に言ったのは妹の高校受験の後だ。俺の家族は金持ちでいろんな物が4つある。1つの庭に4つ家があるから、家族で生活している感覚がない。妹は勉強よりも友達を優先するほどのみんなでワイワイする事がとても好きな人間だ。庭がJKだらけな事もあった。まるで、人気アイドルの撮影会の様だ。妹は兄に向けて性格が良いと言う事は出来ないが、容姿はとても恵まれている。今は動画投稿サイトでメイク上達法を配信する事で充実した生活を過ごしているらしい。日本のJKやJC、JDから女性の大人までもが尊敬されるターゲットになり、今では事務所もついて化粧品のポスターにも俺の妹が笑顔で撮られている。そう考えると、家の庭を聖地と言っても過言ではない。妹は遠い存在になった。でも、妹は勉強と性格の両者も良いと言える人ではない。でも、女性からの支持はとてつもなくある。ある意味、1部のコミュニティに尊敬されるのであれば、社会全員に好かれる必要もないのかも知れない。そう言われてでも、俺はもう1度立ち上がる。次こそは合格すると。自分の弱点を克服した気になっていた。まるであの時、死亡フラグを立てていた様だった。まだこの時は、2年目に突入するとは知らなかった。親の金だから心の中では自分に甘やかしてしまったのかもしれない。案の定、復活権を無駄にする。また、同じ症状が起きた。何かを変えるしか方法がない。そう思った俺は自分でお金を稼ぎたいと思った。大学を2回も落ちた俺の名は多田野ただの翔太しょうた。こんな大学受験にも失敗しなければ、今頃大学2年生。今頃サークルに明け暮れていたかもしれない。俺の大学受験の2回目の結果を両親や妹に言っても、1年前に言われた事と何も変わらなかった。この4人家族の俺以外は今日も活き活きと生活している。俺もこんな生活が送りたい。だからこそ、自分でお金も稼いで勉強もして、兄としての姿を妹に見せたかった。そんな想いを胸に、俺は予備校に行きながらバイトをしようと考えた。ここで考えるべき事はバイトの時給が高い方がいいという事。いくら金があっても自分で少しでも多く払いたいし、予備校に通いながらバイトするから時給が高い方が良いと考えた。そして、家から近い場所がいい。そう思いながら求人サイトを見ていると、近くの私立探偵事務所『ミステーロ』が当てはまった。ミステーロはイタリア語で謎という意味だと調べて分かった。勉強も一種の謎解きだ。だから、私立探偵事務所『ミステーロ』で働けば何か学ぶ事が出来るかもしれない。大学受験を2回も落ちた人が言う事ではないが勉強は得意だ。ただ、体が持たないだけだ。その為に先ず、洋服屋に行き、親の金を使ってスーツを選ぶ。男性物のスーツと女性物のスーツを着たマネキン達が出迎えてくれた。店内の端から端までスーツが置いている。絶対に妹が着ないスーツが目の前にある。あんなに容姿が恵まれているのだから着ている姿を見たかった。きっと何年経っても学生服を着ていそうな姿が想像できた。可愛い物を愛する妹は可愛くない物を愛さない。妹はいくら容姿が良くても着る服は選ぶ。本当の美人は何を着ても似合う。それでも、それを誰かに強いる事は気が引けた。それは今の社会がやっている事と変わらない。そんな会社が増えているから倒産する会社も増える。今は社員の気持ちに寄り添う企業作りが求められている。上の人が言えば下の人がやる。それは時代遅れだ。俺は父の話をいっぱい聞いてきた。だからこそ、妹は可愛い物だけを着て欲しい。目線を男性物のスーツに戻す。気の利いた店員がちょうどいいサイズのスーツを持って来た。スーツを俺の肩幅と合わせる。店員は自分の腕は優れていた事を内心で喜んだ。

「このサイズで丁度いいと思いますが、買いますか?」

「はい。これでいいです。スーツが豊富にあるからとても悩みましたけど、正面に置いてあるのが大体おすすめの商品なのでこれにします」

「靴はどうされますか」

「おすすめの商品でお願いします」

「かしこまりました。向こう側の1番上の棚の靴が当店一押しです。」

「ありがとうございます」

靴を自分で履いて、自分に合う靴を選んだ。俺は特にスーツや靴にこだわりはない。たぶん妹も服を選んでいるのでなく、こだわりを貫き通しているのだと思う。誰かにずっと誘導されて1度自分が落ち着いた所に住み着き、それが自分に合っていると思ってしまう。それが正しいか正しくないかは分からない。でも、自分が決めたという意思が価値と考えられ、それを貫いていく。それは良い方向にも悪い方向にも行ってしまう。それが結果的に良かったか悪かったか分からない。誰も分からないまま進んでいく。結果がどちらにしても、学ぶ事がある。良かったら続けばいいし、悪かったらやめればいい。そんな単純な事に気がつく事も出来ないまま生活してきた事を後悔した。これが1番悪い結果だと思った。挑戦する事を抑制する態勢をやめようと考えた。だから、妹の可愛い物作戦で支持を増やす作戦も挑戦だ。その挑戦の結果、妹は作戦は成功している。俺よりも良い実業家になれそうだ。俺は何でも挑戦して成功したい。だから、スーツや靴を買いに来た。何気ない買い物にも発見があった。俺はこんな経験を大切にしたいと思った。俺は時給が高い仕事しか選べばない。それが俺の作戦だ。時間を持て余すほど暇ではない。時間があればそのだけ勉強したいという気持ちが高まる。そんな時、近所の私立探偵事務所『ミステーロ』が時給が高く、移動時間も短いためにこの仕事を選んだ。この私立探偵事務所『ミステーロ』の仕事内容は雑務としか書いていなかった。でも、今はそんなことは気にしていられない。

「会計を願いします。さっきスーツを選んでもらった者です」

「こちらの商品ですね」

「はい。それと、靴も買います」

普通の家庭にこの会計の値段は高かった。でも、多田野家からしたら安い方だった。夕方になっていた。店内から出ると外が暑い事を知った。早寝、早起きを心がけている俺にとって、今の時間帯は夜ご飯だ。料理はなるべく体に健康的な物を選んでいる。近所に野菜を重視した定食だけを提供している食堂がある。その食堂はおばさん達が丹精込めて作っている。今日もその食堂に行った。いつも変わらないおばさんの顔を見る。

「また来てくれたの」

「はい。ここの定食が好きなんで」

「ありがとう。でも、最近の女の子は草食系より肉食系の男子が好きみたいよ」

「そうですか」

「安心して、いつだってあなたの事を好きでいてくれる人はいるのよ」

「例えば誰ですか?」

「私がいるじゃない。フハハハハ、冗談よ。はい、お待ちどうさま」

冗談で良かった。おばさんと共に生活していく事を考えたら、介護している気分だった。カウンター席で1人黙々と食べる。いつか女性とテーブル席で向かい合って食べる事が出来たらと思うと興奮してきた。すると、背後から右肩を叩かれた。

「ごめんね。これお盆に乗せるの忘れてた」

「大丈夫ですよ。俺も気がついていなかったですから」

持って来てもらったコーンサラダをお盆の上に置いた。トウモロコシもいろんな栄養素がある。そのコーンサラダには輪切りゆで卵もあった。卵もとても栄養素が豊富だ。お腹も栄養素も満タンになった俺は家に帰った。実は、スーツを買った後、私立探偵事務所ミステーロに電話で連絡をしていた。明日の午前9時に私立探偵事務所で面接をする事になった。スーツを買う前に連絡しても良かったが、近くにスーツの様な俺の見た目を少しでも上げる物がないと俺が魅力がないと思ってしまう。でも、電話だから、そんな事を気にするはずもないし、見る事も出来るはずがない。でも、こんな物にでも頼らなければ自分の価値に自信を持つことが出来ない。そう考えると、妹は服という物がなくとも、もう価値が高い。そこを比べるとこの時点で俺は妹に勝つ事が出来ない。それに妹は気がついているのかいないのかは分からない。もともと頭の良い人と頭を良くしてした人はもうこの時点で勝つ事が出来ない。俺はそんな事に気がついていても抗う。逆転する事もあるかもしれないが、その可能性は低い。それよりかは自分の優れている事で勝負する方が賢いのかもしれない。妹は知らず知らずのうちに成功する道を選び、進んでいる。俺はこれからもわざわざ逆転から始まるゲームを何回もしていく。どんなに遠い回り道になったとしても絶対に大学受験に合格する為に今から変える。家に帰って、スーツのタグをハサミで切って、すぐに使える様にハンガーに掛けて、クローゼットにしまう。早くシャワーを浴びてお風呂場から出た。パジャマに着替えると直ぐに歯磨きをした。夕日が見えなくなったと同時に俺はベットで寝た。


朝7時30分に私の2番目のお父様の車が私のマンションに来る。予定よりちょっと早く起きたから、机の引き出しを開けて、高校の卒業アルバムを開く。卒業して2年しか経っていないから多田野君の顔はあまり変わっていないと思う。私は高校を卒業してから髪型を変えたから、多田野君も髪型を変えている可能性が高い。校則がなくなった人間は無敵だ。私はポニーテールからロングに髪型を変えた。もし、私の事を多田野君が気がついてくれなかったらと思うと髪を結んで行こうか悩む。でも、多田野君には今の姿を見て欲しい。いつも黒いゴムを左手首に付けて生活している。ラーメンとか焼肉とか食べる時に髪を結んで食べるからだ。洗面台に行って顔を洗う。ヘアオイルを塗って髪を整える。リビングに戻ってパジャマのまま化粧をする。外行きの服で化粧をすると、誤って汚してしまう可能性がある。多田野君に気がつく事が出来る様にあまり化粧は濃くしなかった。パジャマから昨日買ったスーツを着る。もう一度洗面台に行く。単純作業の繰り返しだ。でも、この単純作業がこれからの未来を左右する。この姿で多田野君に会う事を想像すると恥ずかしくなってきた。私はスーツが着れる程、大人になれたか心配になる。そろそろ私の2番目のお父様が来る時間になる。以前に作っていた名刺が入っている名刺入れを引き出しから鞄に入れる。高校卒業して大学からパソコンを授業で使っていくのでパソコンの使い方を教えてくれる習い事を少しだけ通っていた。その時に名刺を作って印刷して、名刺入れも可愛い物を買って、引き出しの中に一緒に入れていた。この名刺と名刺入れが活躍する時は思ったより早かった。これで多田野君に会う準備は全て整った。部屋を出て、私のマンションの駐車場に行く。まだ私の2番目のお父様の車は来ていない。ファンデーションを開き、内側の鏡で顔を見る。今日も可愛く仕上がっていた。可愛さではピーチジュースに負けるけど、私の人生の中で今日が1番可愛かった。私の2番目のお父様の車が来るとファンデーションを閉じて、鞄に収める。

「遅れてすまない」

「今さっき来たばかりよ。お父様。さあ、私立探偵事務所『ミステーロ』に行こう」

「分かった。娘よ」

バックする事が出来ない私の2番目のお父様はアクセルを踏んでマンションの駐車場を一周してからマンションの駐車場を出た。昨日は私立探偵事務所『ミステーロ』で直進の状態で車を停めていたが、実は車の下に180度回転する機械がある。この機械によって、バック出来ない人でも直進で停める事が出来る。私の2番目のお父様がよく言う口癖がある。それは、全ての駐車場がこのマンションの駐車場の様になって欲しいという事だ。

「今日は一段と綺麗だな」

「そうなのかな」

「ここのマンションはとても良い。駐車場が入りやすく、出やすい。全ての駐車場がこのマンションの駐車場の様になってくれたら、戦争は起きない。そう断言出来る。切実な国民の願いを国はどう思っているのだろうか?」

「願いが叶うといいね。お父様。前を見て、青信号だよ」

「すまない」

答える事が面倒で適当に話す。私の2番目のお父様の短所は考えると周りが見えない事だ。もし、何かの乗り物の運転者ならば、致命的な短所だ。運転免許を何故取得出来たのかが不思議だった。その原因が老いだとすればとても怖い。

「今日は実質休みなんだ。前に買った本は読み終わったから、欲しかったあの本買ってみようと思う。でも、今はまた違うのが入荷していたら、入荷した本を…」

「お父様。運転に集中してください」

「すまない、これも実質仕事なんだよな」

「今日の仕事は私達の家族に大きな恩恵があります」

「1つの大きな悩みを解決出来るのか。娘の悩みと俺の悩みが一緒に…」

「どうしたの?最後の方が聞き取れなかったけど」

「いや、なんでもない」

私立探偵事務所『ミステーロ』に着いた。昨日と同じ様に車を停めて、2階に上がった。私の2番目のお父様を先頭に扉を開けてオフィスに入る。

「おはよう」

スタッフ全員が私の2番目のお父様のスーツ姿を見て、立って挨拶をした。

「おはようございます」

スタッフ全員は座って仕事を再開した。会議室が奥にいくつかあるのが見て分かった。私の2番目のお父様は手前の会議室に入る。昨日とは違う物があった。そこにはパソコンがあった。ディスプレイを見るとこの場所ではない、もう1つの会議室の様な場所が見える。

「娘よ。ディスプレイを見ててくれ」

すると、私の2番目のお父様は会議室から出た。目線をディスプレイに戻す。すると、ディスプレイからはこの場所ではない、もう1つの会議室が映っている。そこに私の2番目のお父様の姿が見えた。私の2番目のお父様はカメラを見つめた。

〈娘よ。俺の右手を見てくれ〉

私の2番目のお父様の右手は人差し指と中指と薬指を伸ばしていて、親指と小指の関節を折っていた。それは3を表していた。私の2番目のお父様は私のいる会議室に戻った。

「右手は3だったよ。お父様も後から会議室に来てくれるんだよね」

「勿論。俺もサポートしてやるから頑張れよ」

私の2番目のお父様がここまでサポートしてくれるなんて、思っていなかった。だから嬉しかった。今いる会議室のアナログの壁時計は8時15分を表示していた。長針が12の所になれば面接が始まる。

「そろそろ多田野翔太が来る時間だ」

「早速準備しないと」

「トイレを済ませてくれ。多田野翔太が来るともう会議室から出れない」

「分かった。トイレって何処にあるの?」

「今いる会議室を出て左に曲がって突き当たりを右に曲がった所にある」

私の2番目のお父様はディスプレイの電源を切った。私はこの会議室を出て、トイレに行った。手を洗い、スーツが着こなせているか鏡で確かめる。朝の状態と何も変わっていなかった。そして、トイレから出て、誰もいないカメラが設置された会議室に入る。いよいよご本人登場の時は近づいている。嬉しくて、興奮が止められない。私は何故か会議室を歩き回った。走ると迷惑だし、多田野君が来ると長い時間座っていないといけないから疲れる。そう考えたからずっと歩いた。そして、歩く事に疲れた私は席に座った。結局は、何をしても疲れる結末だと分かっていた。でも、その衝動を抑える事が出来なかった。今いる会議室のアナログの壁時計で時間を確認する。9時10分を表示していた。長針は1定のスピードで回っているのに早いスピードで回っている様に感じた。今頃多田野君は面接をしている頃だ。手汗をスカートで拭う。すると、ドアのノックする音が聞こえた。透明なガラスにその姿が見れる。まるで、写真から出てきた様に変わっていなかった。


太陽は同じ道を毎日通る。晴れた日も曇りの日も雨の日も確かに存在している。南中高度を変えながら太陽は同じ道を毎日通る。地球は太陽の変化にとても影響される。そんな変化に影響されながらも太陽は同じ道を毎日通る事を発見した昔の人は、賢かった事を今の人に知らしめた。俺の人生も道は変わらない。環境が変化しただけだ。それを見た目で全てが変わったと考える事は愚かな見方と言える。道という筋道は何も変わっていない。だから、その筋道を歩く。他の誰かがどのように俺を見るかは分からない。それでも、今日もその太陽はまた海を越え、見えなくなる。翌日、太陽はまた俺に会いに来た。いつもと変わらない朝。でも、何かが変わった朝。俺は顔を洗いに洗面所に行った。社長の息子のせいか、ゴージャスなその洗面所が4人家族だから計4つある。多田野家にはいろんな物が4つずつある。父がよく言う口癖がある。それは、私達の様なお金持ちがお金を使わないと経済が回らない。そう言いながらいろんな物にお金をかける。今ではそれだけの金額があれば、会社で新しい事業に進出する事が出来たと思う。そのくらいの余裕がある父を見習う所は少ないがあるかも知れない。ゴージャスな洗面所は俺専用だから昨日の配置と変わるはずがない。歯磨き粉の量も洗顔の液体の量も何もかも変わらない。俺は昨日と同じ様に支度を始める。全て終えて鏡で顔を見る。パジャマからスーツに変わると思うと新しい風景が見えた。でも、昨日の今頃はそんな事は考えもしなかった。そう言えば、俺はこんなゴージャスな洗面台を欲しいとは家族に一言も言わなかった。俺は別に興味がなかった。でも、俺が思ったのはこんな眩しい物よりも、職人が丹精込めて作ったシンプルなデザインの方がよほど親しみを持つ。洗面台に本当に必要な物は変な外観の拘りではなく、内部の拘りだ。別に野球少年ではなかったが、高校野球を見る事は好きだ。ホームにスライディングしてでも点を入れようとする全力な姿を見ると感動する。味方も相手もその姿に心が震える。その服は砂や泥に汚れても、その思いがどの人の心を打つ。かっこよさは見た目ではない。行動や貢献度だ。俺は職人が丹精込めて作った洗面台が欲しかった。自分の部屋に戻り、縁がキラキラした全身鏡を正面にスーツを着る。縁が眩しくて、自分の姿に自信が持つ事が出来なくなりそうだ。ネクタイは黒色で、全身が白と黒の無彩色の服装だった。葬式に行く様な姿だが、こんな姿が1番欲しかった姿なのかもしれない。以前、文房具屋で買った胸の内ポケットに収まるサイズのメモ帳と、家にあった黒のスタイリッシュなデザインの3色(赤・青・黒)ボールペンを胸の内ポケットに入れる。空の名刺入れも同じく胸の内ポケットに入れる。その理由は、バイトでも名刺をもらう事があるからだ。だが、履歴書を持って行くから俺は名刺を作らなかった。携帯と財布と履歴書はオフィス専用のカバンに入れる。スーツのズボンの右ポケットにハンカチ、左ポケットにポケットティッシュを入れた。これで全て準備が出来た。私立探偵事務所『ミステーロ』に徒歩5分で着いた。それは特にキラキラしたものではなく田舎にでもあるような普通のビルだった。私立探偵事務所『ミステーロ』は2階にあるとネットでは書いてあった。しかし、2階の窓はルーバーがあって、中の様子を見る事が出来なかった。ビルに入ると階段しかなかったので、階段を上った。扉にミステーロと明朝体の黒色フォントで書かれた白い扉がとても私立探偵事務所の感じを演出していた。その扉の中央に営業中が明朝体の黒フォントで書かれていた。今から人生が変わる。そんな実感がした。扉を開ける。そこはオフィスの様な場所で4、5人が作業をしているのが目で見て分かった。俺が一番初めに言葉を発する。

「おはようございます。今日バイトの面接の為に来ました。多田野翔太です」

「おはようございます」

スタッフ全員が全員立って挨拶をした。スタッフ全員はすぐに仕事に戻る。すると、白髪のよく似合う少し背の低くて顔の彫りが深い人が立ち上がる。まるで職人の様な顔だった。きっと、私立探偵事務所『ミステーロ』で1番偉いと思われる人が笑顔で俺に近寄る。

「多田野君、君がこの私立探偵事務所『ミステーロ』に来てくれて嬉しく思う」

このセリフが見た目通りのかっこいい職人を演出する。

「今日は私の為に多くの準備をして頂きありがとうございます。是非とも御社で頑張っていきたいと考えています。今日はよろしくお願います」

俺は職人にかっこいい言葉で話す事が出来なかった。職人の立ち振る舞いがかっこよくて、手汗が出てきた。手汗をズボンで素早く拭く。

「よろしく。今から面接するからワシに付いて来てくれ」

職人の背中に付いて行くと、面接会場の様な狭い会議室が見えた。どんな社長も演説をする。でも、1番かっこいい人は小難しい事を言う人よりも背中で語る人だ。

「面接会場はここで行おう。私が席に着いたら、君はこの会議室に入って面接をしよう」

職人は振り返って会議室に入る。今から面接が始まるのに職人の背中をただ見つめてしまうほど、職人の近くで働きたいと思った。それで俺までかっこよくなればもう何もいらないと思った。それほど外見で惹かれる程の力が職人にはあった。職人が奥の席に座った事を俺はガラス越しに見る事ができた。面接の準備が整い、いよいよ面接が始まる。これが人生を変える分岐点だ。俺はそれほど分厚くもない扉を力強く、職人が聞こえる様にノックした。

「入っていいぞ」

戦場に銅鑼が鳴る。戦の合図だ。もう引き下がれない。

「失礼します」

俺は会議室に入り椅子の横で立った。

「座って話そう」

「よろしくお願います」

俺が放った言葉はかっこいい言葉とはかけ離れた言葉をだった。いつか職人みたいなかっこいい事が言える人になりたいと望んだ。

「多田野君、君が私立探偵事務所ミステーロにバイトを志望した理由を何かな?」

事細かく職人にアピールした。伝える事に精一杯で何を言ったかは覚えていない。でも、多くのアピールが言えた達成感はあった。それからも質問があったが内容は特に変わった内容の質問はなく、ほんの10分で終了した。職人はこの静かな会議室に笑みを表してから喋り始めた。

「多田野君、君は合格だ。次に仕事内容について話そう。君から見て右隣の会議室に1人の女性がいる。彼女がこれから話す事をよく聞いて、女性に従って仕事をしてくれ。私も後から行くから安心してくれ」

かっこいい職人は胸の内ポケットからシンプルなシルバーの名刺入れを取り出し、数多くある名刺の中から手前の1枚を俺に渡した。俺は名刺まで見る余裕はなく、すぐに胸の内ポケットから俺の1枚も入っていない名刺入れに職人からもらった名刺をしまった。緊張がおさまらず、焦ってスーツの右ポケットに入れてしまった。その間にかっこいい職人は再び同じ席に座った。名刺入れを胸の内ポケットに入れ直すのはダサいからスーツの右ポケットに入れたままにした。俺は、この会議室から退出して、ひとまず合格出来た事に安堵した。職人が言っていた会議室に行き、ガラスに映る女性を確認した。きっと、黒髪ロングのスーツの女性が教育係的な立場なのだろうと思った。ここで、勘が冴えている俺が違和感に気がついた。オフィスにいた1、2人の女性はスーツを着ていなかった。あそこに座っている黒髪ロングの女性だけスーツで来ているだけかもしれない。何故、あの人だけスーツを着ているのかが分からない。少しの疑問を抱きながら面接よりも音を抑えてノックした。俺が入るとすぐに、座っていた黒髪ロングのスーツの女性が立ち上がった。

「よろしくお願いします。探偵さん。私のストーカーを調べて下さい」

俺は黒髪ロングのスーツの女性の言っている意味が理解出来なかった。女性にストーカーを調べてほしいと言われる日が来るなんて大学受験の時には考えもしなかった。俺がこの会議室に入る時には教育係だと思っていた女性が突然、悩みを解決してほしいと言いだした。俺は勘が冴えていた。この女性は依頼者で、依頼者の悩みを解決する事が俺の仕事だと思った。初めての俺の仕事はとても困難な事件になりそうだ。

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