3

「ああ、それはしょうがない。人間って簡単には捨てられないからね」

 仕方無いというふうに、先生は苦笑いした。

「…それで、サガミ先生はどうするんですか?」

「何がだい?」

「これからですよ。警察に自首します? それともここから飛び降りて、死にますか?」

「キシッ!」

 冗談でもそういうことは言って欲しくなかった。

「そうだねぇ…。まあキミ達が僕を訪ねてきたところで、もう終わりだろうとは思ってたんだけどね」

 先生はポケットから、折りたたみ式のナイフを取り出し、刃を出した。

「このまま捕まったら僕はもう二度と、ヒミカくんと関われないだろうし、忘れられてしまうだろう」

「ええ、きっぱりすっきりあっさり忘れるでしょうね」


 挑発するな! キシ!

「だろうね。だから考えたんだ。キミの中の僕を、永遠にする方法を考えたんだ」

 先生はアタシを見たまま、ナイフの刃を自分の首に当てた。

 そして…


 ブシュッ!


 …血が、舞った。

「…っ! サガミ先生ぇ!」

 アタシの絶叫は、空しく屋上に響いた。

 サガミ先生は血に塗れながらも、笑顔で倒れた。

 キシは眼を丸くし、言葉を無くした。

 アタシは無我夢中で、先生の側に寄った。

「こんなことしてっ、意味があるって言うんですか!」

「ある…よ。キミはこ…したら、きっと、忘れ…ない、から…」

「何でっ…!」

 どうしてこんなことになった?

 いつからおかしくなった?

 アタシは誰にも傷付いてほしくないから、自分を傷付けていただけなのに!

 血に塗れた先生の手が、アタシの頬に触れた。

 いつの間にか流れていた涙を、拭ってくれる温かな手。

 でも…急速に熱は失われていく。

 アタシの血族としての能力は、血肉を食す代わりに、自分の身体能力を上げるだけ。

 マカのように、『気』を使うことはできない。

 だから…死に往くサガミ先生を、助けることはできない。

 応急処置をしても、救急車を呼んでも、もう…。

「…泣いて、くれる…ですね。やっぱ…り、あなたは優しい…コだ」

 優しくなんてない! 

 こんな涙なんて…意味が無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る