4

 ぎゅむっ★


 キシの足を踏むも、ヘラヘラし続けている。

「土・日どっちでもOKだから。キシと一緒に参加してみてよ」

「あっ、どうも」

 チラシを受け取り、アタシとキシは教室を出た。

「…随分、彼には打ち解けているのね」

「妬かないでくださいよ。ボクにはアナタだけなんですから」

「違うっつーの」

 コイツは親友と恋人の境界線が無いのか。

「で、次で最後なんでしょ? どこに行くのよ?」

「屋上ですよ」

「屋上?」

 思わずテンションも声も低くなる。

「ええ、屋上には温室がありまして、野菜を育てているでしょう? そこの担当者が、最後の方です」

 その言葉で、アタシは誰だかすぐに分かった。

「サガミ…先生?」

「ええ。和食部門で野菜料理担当のサガミ先生です」

 知った名だった。…と言うか、身近な人だ。

 アタシのクラスの担任でもあり、野菜料理を教えてくれる先生。

「でもサガミ先生は野菜担当なんでしょう? よく肉料理の教室のこと、知ってたわね」

「それはまあ、後程。本人の口から聞きましょう」



 屋上へは階段を使って行った。

 重い扉を開けると、生暖かい風が頬を撫でた。

 目の前には透明な小屋がある。

 ここで野菜を育てているのが、サガミ先生。

 恐る恐る扉を開けると、明るい照明の元には緑が一面に広がる。

「サガミ先生、いらっしゃいますか?」

 キシが声をかけると、奥からサガミ先生が出てきた。

「やあヒミカくんにキシくん。珍しい組み合わせだね。どうしたの?」

 柔らかい口調と物腰。

 サガミ先生は癒やし系の先生として人気だった。

 他が…個性が強過ぎるからなぁ。

「サガミ先生にこの間教えてもらった料理教室、とても良かったですよ」

「それは良かった。キシくんのご希望に叶ったかな?」

「ええ、それでですね…」

「あっ、もしかしてヒミカくんも興味を持った?」

 おおっと…。これは予想外。

 察しが早い人だ。

「えっええ」

「興味を持ってもらえて嬉しいよ。あいにくとチラシは今、手元に無くてね。まあ無くてもすぐ隣だから」

「隣?」

 サガミ先生が指差した方向には…隣のビルがある。

「あのビルの8階でやっているんだ。講師は僕の先輩夫婦。若い人向きの肉料理を教えてくれるんだ」

 …なるほど。接点はあったんだな。

 野菜料理担当という名前に、頭が回らなくなってた。

「ところでサガミ先生は、あそこの料理教室のメニューをご存知なんですか?」

「全部というワケではないけどね。ある程度なら知っているよ」

 キシの問い掛けにも、サガミ先生は穏やかに答える。

「そうですか…」

「うん。話は僕の方で先輩達に伝えておくから、いつでも行くと良いよ」

「はっはい」

 …やっぱり穏やかな人だなぁ。

 終始ニコニコ。

 でも、この温室の匂いは…。

「さっ、ヒミカ。用事は済みましたよ。行きましょう」

 キシがまたアタシの肩を抱いて歩き出す。

「あっ、サガミ先生! ありがとうございました!」

「はい」

 キシに強引に温室から引っ張り出された。

 嫉妬深いヤツだな、本当に。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る