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キシに手を引かれ、職員室の奥へ行く。
そこは受付事務所になっていて、数人の事務職員がいる。
「カガミさん」
キシが笑顔で声をかけたのは、大きなお腹をさすっている女の人だ。
あっ、知っている。
主に宣伝を担当している人で、30代の女性。昨年結婚したって聞いたけど、オメデタになったのか。
このお腹の具合だと、6ヶ月だな。
「あら、キシくん。それにヒミカちゃん。おはよう。どうしたの?」
おだやかで優しい声と表情。幸せいっぱいなのが、伝わってくる。
「カガミさんにこの間教えてもらった料理教室、とても気に入りましてね。ヒミカも通いたいと言って来たんですよ」
「あら、本当? 嬉しいわぁ。あそこ、わたしの姉がやっているのよ」
「ええ、姉妹揃って美人ですね」
「まあお上手ね。ヒミカちゃんにゾッコンなのに」
「えっ!?」
カガミさんはアタシを見て、クスクス笑った。
「『大事な女性の為に、美味しい料理を作りたい』って言ってきたのよ。ほら、わたし宣伝を担当しているでしょう? だから料理教室にも詳しいんじゃないかって、尋ねて来たのよ」
もしかして容疑者5人全員にバレるのか!?
思わずフラッ…とするも、二人はニコニコと話を続ける。
「ちょっと待ってね。…ああ、あった」
机の上のファイルから、チラシを取り出し、アタシに差し出してきた。
「あっ、どうもです」
「何ならわたしから、姉に話しておきましょうか? 今実家に帰っているから、すぐにでも話できるわよ?」
「大丈夫ですよ。こちらで全て済ませますから。それよりカガミさんは、お体を大事になさってください。お子さん、今が大事な時でしょう?」
「もう安定期に入ったから平気よ。あっ、ちなみに場所はここからバスで5つ先に教室があってね。実家でやっているの。気が向いたら、いつでもどうぞ」
「ありがとうございます。それじゃあ、失礼します」
「しっ失礼します」
カガミさんに頭を下げて、アタシとキシはフロアに出た。
「…こう言っちゃなんだけど、カガミさんだけは容疑者だとは思えないわ」
「そうですね。まあ妊婦ですけど」
そう言うキシは、どこか冷めている。
「…何か冷たい反応ね。カガミさん、良い人じゃない」
「別に彼女が嫌いなワケではないですよ。どうでもいいだけです」
……あっさりとんでもない言葉を返しやがった。
「さて、次は四階の実習室に行きましょう」
四階は調理実習室だ。
フロア全てが実習室なので、広い。
階段を上っていくと、四階には一人の男性がいた。
「ヤスヒロ先生、おはようございます」
「おおっ! キシにヒミカ! おはようさん」
にかっと豪快に笑うのは、カミナ先生の他にもう一人、肉料理を教える先生だ。
「朝から仕込みですか?」
「ああ、朝一に実習があるからな。でも二人とも、この実習には来ないはずだろう?」
「ええ、実は先生に紹介してもらった料理教室のことについてですが…」
「ああ、俺がやっているヤツか」
「えっ、ヤスヒロ先生ご自身が経営してるんですか?」
初耳だった。
「おうよ! 一人でも多くの人に、肉料理の素晴らしさを知ってほしくてな。3年前から始めたんだ」
「ヤスヒロ先生の創作肉料理は評判が良いんですよ。ヘルシーなものから、豪快なものまで多種多様ですからね」
「へぇ~。確かにヤスヒロ先生の授業って、おもしろいもんね」
豪快で独創的な料理を教えてくれるので、生徒の間ではとても評判が良い。
「ありがとよ! ところでキシ、何か質問でもあんのか?」
「ええ…。ヤスヒロ先生のレシピは、他の人に教えたりもしてます?」
「レシピってもんでもないが…。まあ俺の料理教室では一通り教えるし、他の先生方にも意見を求める為に料理法を言ったりしているぞ」
「と言うことは、かなりの人数が先生のレシピを知っているわけですね?」
「まあな。簡単で覚えやすいのを重視しているからな。レシピなんてホントは必要ないぐらいだ」
そう言ってヤスヒロ先生は豪快に笑った。
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