ティーパーティ・ロワイヤル

サヨナキドリ

夜明け

 茶会ティーパーティ。それはある種の魔術的儀式。あるいは天災。

 特殊な地脈を持つ月詠町では、10年周期でそれが行われる。明けない夜、繰り返す4月31日の夢の中、目覚めた16人のプレイヤーが競い合い、始めに赤の王を目覚めさせたものがその願いを叶える、はずだった。

「……バンダースケッチを放してやれ」

 はじまりの公園で、八田真斗は目の前に立つハクトに言った。

「それはむりだよ」

 ハクトは余裕を滲ませながらそう言った。背中には翼、そして同じくらい白い髪。天使めいたゆったりとした服。二次性徴は寸前か、まだ胸は育っていない。その奥には、獣耳の少女、今回の茶会のナビゲーターでありGMゲームマスターであったバンダースケッチが横たわっていた。体には無数のチューブが巻きついているが、それで縛られているわけではない。むしろ“停止”という概念を体内に直接流し込まれているのだろう。

「バンダースケッチは捕まえて、赤の王は食べちゃった。これで僕が負けない限り、この茶会は終わらない。……いま真斗を倒したら、僕を倒せる人はもういない!」

「俺が負けたら、これまでの31日の思い出も忘れるんだろ?」

 プレイヤーは、敗北するとNPCとなる。NPCは、何の違和感も持たずにただ31日を繰り返し生きる。

「また出会いなおせばいい!大丈夫、真斗なら僕と友達になってくれる!それからずっと一緒にいればいい。32日も、33日も!」

 無茶苦茶だった。しかし、赤の王を取り込んだ今のハクトであればそれも現実にできる。

「……じゃあ、ここで俺が勝つしかないな」

 真斗は拳を握り、半身に構えた。

「できるかな!やってみなよ!」

 夜明けを賭けた、最後の戦いが始まる。


「ファイア!」

 口火を切ったのは真斗だった。突き出した手から火球が前方に放たれる。

「ファイア!」

 ハクトも同様にそれに応じる。しかし、ハクトの火球は直径にして真斗のそれの5倍以上だった。真斗の火球は難なくかき消される。

「“想像イマジン”では僕には勝てないよ!しかも真斗にはリデルのような“信念ヴィジョン”もない!」

 夢の中で目覚めた存在であるプレイヤーは、想像イマジンによって世界を書き換えることができる。その影響力は、どれだけ強く想像するかによって変わる。そのため、一般的な想像よりも、属人的な信念ヴィジョンの方が強い力を持った。プレイヤーの一人チャールズ・リデルはそれまでの人生で一度も勝負に負けたことがなく、全ての勝負に勝利する“勝利ヴィクトリー”という信念ヴィジョンを持っていた。難敵だと看破し一騎打ちに臨んだハクトはギリギリまで追い詰められた。窮地に真斗が駆けつけなければ、そこで敗退していたかもしれない。

 ハクトの火球が真斗に迫る。火球が真斗に衝突する寸前、何かの壁にぶつかったかのように変形し霧消した。

「それは!」

「“無敵バリヤー”」

「“信頼トラスト”か!」

 “無敵バリヤー”半径1mのいかなる攻撃も通さないバリヤーを作る、今回の最年少プレイヤーであるサイの信念ヴィジョンだ。本来、他人の信念ヴィジョンはおいそれと使えるものではない。真斗がそれを使えたのはサイが当人の力を真斗も使えると信じたからだ。自分の信じる力ではなく、託された力、他人が信じる力を力に変える、信念ヴィジョンの域も外れた真斗のそれは、

信頼トラスト”と呼ぶにふさわしい。


「あの駄々っ子にゲンコツして、さっさと茶会を終わらせなさいな」

 最後の戦いの少し前、因縁の場所でやよいが言った。やよい、サイ、ツカサはハクトたちと同じようにチームを組んでいたプレイヤーだ。やよいとツカサは兄妹らしい。

「……いいのか?」

 ハクトに真斗が勝てば、茶会の勝利者が真斗になる。それは、やよいたちの敗北が決まるということだ。

「早くなさい。だって、私は向こうで3人でもう一度会う時が待ちきれないんですもの」

 やよいが答える。叶えたい夢よりも大切なことを見つけたということだろうか。

「言っとくけど、アレくらい俺でも倒せるんだからな!アイツとお前が友達みたいだから譲ってやるだけなんだからな!」

「はいはい」

 噛みつかんばかりのサイを、真斗は軽くあしらい、その頭に手を置く。サイは触るなとばかりに振り払った。

「大丈夫、あんたも兄貴なんだろ?兄貴ってのは負けないもんなのさ」

 わかったようなわからないようなツカサの助言に苦笑いし、三人に背を向けた。そして、決戦の地に向かう。


「けど!それがなんだっていうのさ!」

 ハクトは翼を広げ、腕を引いた。その拳が、赤黒い光を放つ。

 真斗は一度、ハクトに訊ねたことがあった。想像が現実になるなら、全てを貫く矛と全てを防ぐ盾がぶつかったらどうなるのか。予備動作なしでハクトが加速する。ハクトの回答はシンプルだった。『より強く想像されている方が強い』。バリヤーにハクトの拳がぶつかる。1秒。ハクトの拳が食い込む。真斗はバリヤーを破棄、真横に跳んで回避する。バリヤーを貫いたハクトは鋭角に軌道を変え、真斗を追撃する。バリヤーを再展開。衝突。瞬間、真斗が右手を横に凪いだ。無敵バリヤーがハクトを横殴りに吹き飛ばした。ハクトは空中で受け身を取る。“パワーオブパワー”『誰かを守るためなら、男は2倍の力を出せる』というツカサの信念ヴィジョン。2人を守るために4倍、3人を守るために8倍、4人を守るために16倍、5人を守るために32倍。ハクトを取り囲んだ無敵バリヤーが、一斉に襲いかかる。

「どれだけの信頼トラストを背負ってたって、僕の想像の方が強い!」

 ハクトが叫ぶ。赤黒い光が全身からほとばしり、無敵バリヤーをかき消した。そして、ハクトの半径1mにだけ光が残る。ハクトの“無敵バリヤー”だ。増える。16、32、64。全てを貫く矛と全てを防ぐ盾なら、勝敗は強度次第。であれば、全てを貫く盾ならば?

「だって、僕は現実そっちに何も持ってないんだから!」

 ハクトは絶叫した。真斗も知っていた。ハクトはこの10年、植物状態で一度も目覚めていないということを。ハクトにとって、夢の中だけが全てだった。だからこそ、『夢の中ではなんでもできる』“夢想家ドリーマー”という信念ヴィジョンを宿したということも。

「終われ!!」

 ハクトが、右手を振り下ろす。破壊が津波のように押し寄せる。真斗は、バリヤーを展開しなかった。ただ立って、叫んだ。

「俺がいる!!」

 ハクトは一瞬、何が起きたのかわからなかった。前が見えない。戸惑うハクトを、真斗はそのまま抱きしめた。ハクトの頭に疑問が浮かぶ。無敵バリヤーがあったのに。瞬間移動なんて、誰のどんな信念ヴィジョン

「俺が待ってる、迎えに行く」

 抱きしめる力が強くなる。ああ、そうか。『助けが必要な時、真斗は絶対駆けつけてくれる』これは真斗への信頼トラストだ。

「夢の中のことは、起きたら忘れちゃうよ?」

 声に涙が混じるのを必死で堪える。

「俺がハクトを忘れるわけないだろ」

「現実は、信じればなんでも叶う世界じゃないんだよ?」

 それくらい、ハクトにだってわかっていた。

「それでも迎えに行く」

「なんだよ、無茶苦茶じゃないか」

 筋は通っていない、根拠もない。それでもハクトは、真斗のことを信じたくなった。現実で、この温もりを感じたいと思った。

「約束だよ?」

 吸収した赤の王を揺すり起こす。赤の王は、気だるげに一声にゃあんと鳴いた。茶会の舞台にヒビが入る。

「じゃあ、さようなら。おはようは向こうでね」

 ああ、夜の帳が裂ける。


 心電図の音が響く中、ハクトは目を覚ました。長い夢だった。ながらく本来の仕事を果たしていなかった目がゆっくりとピントを合わせると、マスクと帽子を付けた二人の男性が覗き込んでいることがわかった。

「奇跡だ!こんな偶然があるものなのか!」

 医師らしきひとりは驚嘆の声を上げると部屋を出て行った。

(ほら、言ったじゃないか)

 真斗は待ってなどいなかった。それでも構わない。今は動かないけれど、体もいつか動かせるようになるだろう。そうすれば、歩ける。探しに行ける。実際のところ、信じないことは叶わないというのは夢も現実も大差ないのだ。ハクトは決意した。そのとき

「ほら、言ったじゃないか。忘れるはずないって」

 もうひとりのマスクの男が言った。ああそうだ、その声を忘れるはずがない。

「おはよう、ハクト」

 飛び起きる。今度は、ハクトが真斗を抱きしめた。

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