第10話

「さぁ、ここからが本当の戦いじゃ」

真正面から宣戦布告し戦闘態勢をとった。


「貴方達は一体・・?ただの子供ではないわね。何よりその姿・・」

女は明らかに動揺していた。

叩くなら今だ。


「気に食わない、気に食わないわ。遊びはもうお終いにしましょう。こんな子供より大事なのはあの御方からの命令なのですから」

だが女の話は無視できなかった。


「あの御方?」

この村にこいつらをけしかけた元凶のことか?


「貴方達には関係ないわ。アワルベアー、ファロン、ユザヴェン行きなさい」


アワルベアーとD級上位であるファロン、ユザヴェンが連携を取り襲いかかってくる。


本来ならなすすべも無く切り裂かれているであろう鋭い爪や牙が肉薄する。


圧倒的質量を前に俺たちがとった行動は単純。

一歩足を踏み込み剣を振るった。


だがそれだけでアワルベアーは両断されファロン、ユザヴェンは細切れの肉塊と化した。


何も特別なことをしたわけではない。

ただ奴らの攻撃を紙一重で交わし、目にも止まらぬ速さで切り裂いたに過ぎない。


「ふんっ、他愛もない」

レノアは血払いをしアワルベアーの上半身をさらに両断した。

魔物だったものはビクビクと数度痙攣し完全に動かなくなった。


「ぬりぃよ、それじゃ。全力で来い」


馬鹿にされたと認識したのか女の背後に控える魔物が怒りを露わにし始める。


ついに堪え切れなくなった一体が女の命令なしにこちらへ襲いかかってきた。


だが切り裂いたのは俺たちの剣ではない。

背後から鋭く長く伸びた女の爪がその一体の身体を穿っていたのだ。


「そう。そういう事だったの。まさかとは思っていたけれど氷大鬼アイスオーガは貴方達に倒されたという事なのですね」


俺たちが一瞬呆気に取られていると、女は手についた血を払い一礼した。


「どうやら私は貴方達を大分過小評価していたようですわ。非礼を謝罪しましょう。獲物としてではなく敵として、丁重に、確実に息の根を止めて差し上げます」


「そして自己紹介が遅れました。私の名はニコロ・ルニマオ。ある御方の下僕、そして従順な駒でございます。覚える必要はないですよ?これでさよならですから」


そういうと同時ニコロと名乗った女の纏う歪な魔力が膨れ上がった。


魔の覚醒キノツヅク

言霊に呼応するようにニコロの姿が異形のものとなる。

手には禍々しい黒い爪、背には悪魔の羽に類似したものが生えていた。


「な・・・!?魔人化だと・・・!?」


あれは禁術のはず。そう易々と使えるものではない。

本来魔人化は悪魔と契約し悪魔の望んだ代償を支払らうことで身体の一部を借り受け融合する禁術だ。

後戻りは出来ないがそのかわり強大な力を得ることが出来る。一万年前の大戦では魂を捧げ悪魔の力を得た戦士達が多くいた。その多くは悪魔の強大な力に耐え切れず自壊してゆく。


「お主、わかっておるのか。その術は・・・」


「えぇえぇわかっていますとも。あのお方の為ならば私の魂の一つや二つ悪魔に売って見せましょう」

心酔したような声でニコロは言った。


〈レノア聞こえるか?〉


〈聞こえておるがなんじゃ?〉

気になったことがあり俺は魔導通信テレナでレアに話しかける。


魔導通信テレナは思念会話のようなもので傍受されない限り秘匿の会話ができる。


〈奴の術式を見ただろう。ニコロはおそらく事前に悪魔と契約している簡易術式を使ってる。あの状態なら・・・〉

だが簡易術式だとしても人間が扱えるようなものではない。奴の言っていたあの御方とやらに唆されているのだろう。理由はわからないがこれなら・・・・


〈まだ・・・人間に戻せると言いたいのだな?〉

俺の思考を遮るようにレノアの苦々しい言葉が響く。


〈ああ、悪魔がこの場に居なければ聖剣を使って元に戻せる。ペルおじさんのことで許せないのはわかるが協力してくれ〉


数秒時が流れた。

〈・・・・お主がそういうのであれば妾は協力しよう〉


よかった。断られるかと内心焦っていた。


〈ありがとな、レノア〉


「秘密のお話は終わったかしら?」

ニコロが黒爪を構えてそういう。


「ああ、終わったよ。わざわざ待ってくれているなんてよっぽど余裕があるようだな」

皮肉も込めてそう返す。


「ええ、ええ、もちろん。あの御方から授かった力ですもの。まさかこの姿になる必要があるとは思いませんでしたが、ここまで来てしまえば私に敗北はありません」

淡々と、しかし自らの勝利を疑わない口調でそう言った。


「ですがきちんと殺すと宣言いたしましたので全力でお相手しましょう」


獲物を定めた肉食動物のような笑みを浮かべ、臨戦態勢に入った。


辺りに異様な魔力が立ち込める。

悪魔の力を使うつもりだ。


「魂喰らい《ソウルイーター》」

ニコロは静かに一言唱えた。


「グキァ・・・?」


「ギャシャァァァ!!」


ニコロから出現した鎖が配下である魔物達に絡みついた。


鎖は体の内部に侵入し肉体の根源である魂源体ソウルアルケーを無理矢理引きづり出し、魔物達に地獄の激痛をもたらす。


「私の血肉となり糧となりなさい」


その言葉とともに魔物達から力の源が完全に引き剥がされた。


断末魔とともに魔物は糸の切れた人形のように動かなくなり地面に倒れた。


ニコロが指を少し曲げれば魔物達を縛っていた鎖は手元に戻っていき、計八体の魂がニコロの手に渡った。


宙にふわふわと漂っていた魂源体ソウルアルケーはゆっくりとニコロに吸収されていく。

完全に吸収された瞬間、ニコロの魔力が急激に膨れ上がる。


魂喰らい《ソウルイーター》はその名の通り魂を喰らう悪魔の外法だ。

悪魔は生命に宿る魂源体ソウルアルケーを喰らいその力を得ることができる。

悪魔と契約した人間もまたその力の一部を得ることができるのだ。

単純に力を足しただけではない、その力は何倍にも膨れ上がる。

さらに厄介なのは取り込んだ生物の能力を得てしまうということだ。

一万年前この手の輩に何度も苦戦を強いられた。


(これはなかなか厳しそうだな・・・・)


決着がつくまでに聖剣の覚醒状態が続くかどうかもわからない。

短期決戦で行くしかない。


「行くぞ!」

そう声を張り上げ剣を構え突進する。


聖なる茨アィヴェン

呪文とともにニコロの足元から伸びた茨が奴を襲う。


「小細工を」

すべての茨はニコロに触れる前に切り裂かれ枯れ落ちる。


目にも留まらぬ速さでニコロがその黒爪を迫り来る俺に突き出す。


薄皮一枚でそれを躱し聖剣をニコロの胴目掛け振るう。


だがそれは高い金属音とともに弾かれた。

ニコロの服が破れ肌が露出した部分を見れば硬い鱗に覆われていた。

この能力は先程ニコロが喰らったジャゴウという下級竜のものだ。

肌を硬質化し更に魔力を集中させたことによって聖剣をも弾く恐ろしい強度となったのだろう。


追撃とばかりに昏い魔力を纏った鎖が槍のように降り注いだ。


「妾を忘れないで欲しいものじゃのぅ」

鎖は背後からレノアが撃った魔弾により全て叩き落とされた。

至近距離を魔弾が通過するが決して俺には着弾しない。

レノアの正確無比な狙撃術のなせる技だ。


しかしその時すでに俺の懐に入っていたニコロは鳩尾を目掛け黒爪を突き上げた。


間一髪で防御に成功したが身動きのできない宙に投げ出される。


「炎嵐よ、我が敵を焼き尽くせ」

逃げ場のない俺に炎の嵐が襲いくる。


宙に浮いたままの俺には躱すことは出来ない―――


が、何もない虚空を蹴り俺はその炎を回避した。

空間魔法で空間を圧縮し即席の足場としたのだ。


「まさか空間魔法まで操るとは・・・」

ニコロは見えない足場のからくりをすぐに暴くと同時に驚愕する。

空間魔法は神聖魔法と同じ上位魔術に分類される。

それを戦闘で使用できるまで昇華するのは至難の業だ。


タンタンタンと小気味よい音を鳴らし軽やかに宙を駆けていく。


機動力を活かし上下左右から剣戟を繰り返してニコロの隙を伺う。


「なぜこの村を狙った!?」


「なぜか?そんな事私の知る由ではありません。全てはあの御方の命ずるままに・・」

そう言うと悪意に満ち満ちた笑みを浮かべ黒爪を振り上げた。


だがニコロは動かない。

ただ何もない空間をその爪で切り裂いただけだ。


「一体何を・・・・?」


「後ろじゃ!!アトラス!」

俺が疑問を口にした瞬間それに被せるようにレノアの声が聞こえた。


「な!?」

突如背後に禍々しい爪が出現した。


黒爪はまっすぐ俺の首を狙っている。

咄嗟に体を捻り急所は外させたが背中を大きく切り裂かれた。

鮮血が舞い散り衣服が紅く染まった。


これも空間魔法の一種、〈撃飛ばし〉。

距離を無視し術者の意のままに攻撃を命中させられる。


俺を切り裂いた爪はすぐに消失したがニコロは二度目三度目と黒爪を振るった。

それに合わせて死角から黒い爪が現れる。

どれも正確に急所を狙っていた。


「クソッ!」


背中の傷を庇いながらなんとか躱していく。

しかしどの攻撃も全ては捌ききれず一つ二つと傷が増えていった。


回復魔法をかけ続けているのに傷の治りが明らかに遅い。

恐らくあの爪で切られたことでニコロの纏った闇の魔力が俺の体内に入り回復を遅らせている。


俺と聖剣の纏う光の魔力は闇属性の魔力と相性が悪い。

力を解放している時ほどそれは顕著に現れ、体内に入ることは毒が巡っているのと同じだ。


死爪デ・ヌキレ

俺が態勢を崩した一瞬の隙を突き横一文字に爪撃が振るわれた

ニコロの黒爪が妖しく光る。


死の魔力を纏ったそれが鎌鼬さながらに空を駆け俺に直撃した。


「ぐぁっっ・・」

脇腹を抉られ、勢いそのままに吹き飛ばされる。


アイツ今の攻撃に毒魔法をかけてやがった。

俺でなければ死んでいたであろう猛毒が傷口から体内にどんどん侵食する。


「クソッ」

悪態を吐くが回復に専念しなければ命取りになるので動くことができない。


弄ぶような目でニコロはゆったりとこちらに歩いてくる。


「それでお終いですか?」


「・・だから妾を忘れるでない!」


いつのまにかニコロの背後に回り込んでいたレノアが剣を振り上げていた。


「闇の一閃」

闇纏う一撃がニコロに迫る。


だがたやすくその攻撃を撃ち落としニコロは再び撃飛ばしを放つ。


「当たると思っておるのか?」

レノアは全ての攻撃を見切り、身体強化で底上げされた脚力でニコロの懐に入り込んだ。


「ゼロ距離射撃ならどうじゃ?災禍の咆哮アムロ・ベスタ

ニコロの腹部にあてた手から小規模の嵐が吹き荒れる。


「ぐっ・・」

超至近距離から放たれた一撃がニコロを吹き飛ばす。

ニコロを中心とし大地が抉れ砂埃が舞う。


「ちっ、効かぬか」

レノアの舌打ちと同時、砂埃がかき消されニコロが現れた。


とっさに翼で体を覆いダメージを軽減したのだろう。

黒い翼にはいくつもの傷が刻まれていた。

あの様子じゃ本体にさしたダメージは入ってねぇな。


黒爪を構え直しニコロはさらに魔力を解放した。


「互いに時間は限られています。そろそろ終わりにしましょう」

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勇者と魔王の転生譚 橋民レイカ @Hasitami

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