第8話
「レノア、そっちはどうだ〜?俺はもう終わったぞ」
「とっくに終わっとるわ、たわけ」
俺たちはトロイ(馬)の世話をしている最中だ。
今は一頭一頭の健康チェックをしていた。
昨日母さん達に言われた通りに村の若衆のハリンと一緒に仕事を教わっているところだ。
彼は七歳の子供がとても覚えが早く手際も良いので何度も褒めてくれていた。
それもそうである。
一万年前、戦に向かう時自分達の乗る馬はしっかりと自分で手入れをしていた。動物に対してでも戦場では確固たる絆が必要であった。
まぁ勇者の力に覚醒した後は、戦場を馬に乗って駆ける機会はほとんどなくなってしまったが・・・
なんせ自分で走る方が速いのだから。
「アトラス君、レノアちゃんもう終わったのかい?」
そんなことを考えていたらハリンに声をかけられた。
「もう終わりましたよ、ハリンさん。次はなにをすればいいんですか?」
「あ、ああ早いな・・・。なら次はメトンの毛刈りをしてほしいんだがいいかい?」
「ハリンさん教え方が上手だからですよ。じゃあ行きましょうか」
次はメトンの毛刈りかぁ・・・。
ちなみにメトンは羊のことなのだが、次から次へと仕事があって終わる気がしない。
とゆうか母さんたちは終わらせる気がないのだろう。
少し母さん達を舐めていたかもしれないな。
まぁそんなこんなで俺たちは次々と母さん達が用意したであろう仕事を淡々とこなしていった。
結局全ての仕事を終わらせるのに夜までかかった。いや正確には夕飯の時間になってしまったから切り上げただけなのだが・・・
◇◇◇
夕飯の時間…
今日はレノアの家で夕飯をとっている。
「なぁ母上、今日とても疲れたのじゃもっと仕事減らしてもよいのではないか?」
レノアが不満そうにそう口にした。
「あらそうなのレノアちゃん?でもハリン君は二人のおかげでとっても仕事が捗ったってとても褒めていたわ。できれば明日からもお願いしたいのだけど・・・」
そのかわり休日は遊びに行っていいからと、エルサおばさんは言う
「むぅ、母上がそう言うなら妾もしっかり仕事はこなすが・・・」
何はともあれしばらくは村から出れなそうだ。
(でもやっぱりあの森のことが気になるんだよなぁ)
今の体ではろくに魔力感知も出来ない。
どんなに嫌な予感がすれどもそれを確認することが出来ないのだ。それがもどかしくてしょうがない。
夕飯はつつがなく終わりそれぞれの家へ戻っていく。
その前に玄関先で俺とレノアは話をしていた。
「アトラス。この村はもうすぐ危機に陥る、そんな気がするのじゃ」
「あの森のことか?だがそんなすぐにはやってこないはずだろ?早ければ次の週末にでも向かえば大丈夫だと思うんだが・・・」
強力な魔物もあまり自分の縄張りを離れようとはしない。時間的にはまだ猶予があるはずなのだ・・・
「女の勘じゃ。女の勘はよく当たると言うであろう?妾は常に魔力網を張り巡らしておく。何かあったらすぐに合図を送るからお主も身構えておけ」
なるほど、確かに女の勘はよく当たるという。
万が一、村へ脅威がやってくるようならば俺たちも力を隠し続けていることは出来ないかもしれない。
俺も警戒は怠らないようにしておこう。
◇◇◇
休日の始まる一日前。
今日の仕事を終わらせれば晴れて明日は森に行くことができる。
俺たちはもはや日課のように仕事をこなし仕事を終わらせるペースはだんだんと速くなっていた。昼下がりである今、残す課題は一つにまでなっている。
最後の仕事がこれがまた大変なのだがそれまでに使った用具の清浄をしなければならなく今必死にバケツや工具を磨いている最中だ。
これは村はずれの作業小屋で行っている。家からかなり離れている場所で埃臭いと言うレノアの愚痴さえ聞き流せば今日の仕事もつつがなく終わりそうであった。
そう、何事もなく終わるはずだったのだ・・・・
もう少しで休憩だ、そんなことを考えていた時・・・
突如、何の前触れもなく巨大な、そして昏くおぞましい魔力の胎動を感じ取った。
レノアの魔力探知が常に張り巡らされている中ここまで俺たちに感知させずに村にやってくるなんて只者ではない。
それに俺とレノアが反応するが早いか外から悲鳴が上がった。
音の聞こえ具合からして村の反対側、そして恐らく俺達の家のある方向だ。
「レノア!!」
「急ぐのじゃ!!」
最悪の事態が胸をよぎり、二人ほぼ同時に駆け出した。
「待ってくれ、二人ともそっちに行っちゃならない!」
猛然と走る俺たちの背後でハリンさんの制止の声が聞こえた。
「ハリンさん!ハリンさんは村の人達の避難を頼む!!」
「二人とも危険だ!戻って来るんだ!」
それ以上返事をすることは出来なかった。
家には母さんとおそらく父さんもいるはずなんだ。一瞬でもこの足を止めることは出来ない
脚力強化の魔術をかけてはいるがここからでは距離がある。
(どうか無事でいてくれ!!)
そう祈りながら俺たちは家がある方向へと駆けた。
◇◇◇
疾風のように駆けていく途中、村の人達が逃げ惑っているのを見た。
武器を手に取り俺たちと同じ方向に向かって走る大人もいる。
だがおそらく行ったところで無駄である。
近づいて行くほど魔力が濃く昏く感じられる。
魔力探知に引っかかっているのは一体ではない。
だが問題はそこではないのだ。
有象無象などとは比にならない膨大な魔力を持つ者がその近くにいる。十中八九そいつが大量の魔物の指揮を執っているのだろう
統制もなく動く魔物はさして危険性が高いわけではない。だが群れを作り指揮を執る個体がいる魔物の集団は危険度が一気に跳ね上がる。
なにより
(この魔力、人間のものか?)
感知できる集団の中で一体、いや一人だけ異質な魔力を放つ者がいる。距離が離れていて朧気にしかわからないが昏い魔力の中に人間のものらしき魔力を感じる者がいた。
先程から頭の中で警鐘が鳴り続けている。
何かがおかしい。
まるで誰かが裏で糸を引いているかのように・・・
そこまで思考し、俺は気づいてしまった。
欠け落ちていたピースがカチリとはまったように…
森での魔物の大量発生に強力な魔物の出現、異様な魔力、そして魔力を隠蔽しこの村はまで攻め込んできた計画性。
それら全てが仕組まれたものだったとしたら・・・?
(ヤバイヤバイ!!)
「レノア!この襲撃の目的は村じゃない!俺たちだ!!」
そうここまで回りくどい事をして村一つを滅ぼすメリットなんてない。
なら考えられる理由は一つだけだ。
(父さん達が危ない!!)
レノアも俺の表情からその意味を汲み取り駆けるスピードを上げていった。
◇◆◇
魔術をいくつも重ね全力疾走して家に辿り着いたのは約数分後・・・
俺たちが着いた時には俺達の家はもうなかった。
魔物の襲撃を辛うじて食い止めているのは村の中でも腕の立つ数名。
母さんとエルサおばさんはかつて家だった物の陰に避難している。
だが俺たちの目に映っていたのは別の光景だった。
「父・・・上・・・・」
隣から凍りつくようなレノアの声が聞こえた。
目の前には奈落を体現したような眼でこちらを見る不気味な女が立っていた。
そして胸を貫かれ血塗れになったペルマディおじさんがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます