第20話 パートナー ②


「さて、今日のこの後の段取りですが――」


「待ちたまえ、秦泉寺くん。まだ斗羽利くんが来ていないが」


「あの子ならいなくても問題ありませんよ、社長。むしろいない方がスムーズに話を勧められます、いっつも話の腰を折ってばかりで打ち合わせになりませんから」


「ちょっと、明菜! その言葉は聞き捨てならないわね、撤回を要求しますわ!」



 開口一番、オフィスに登場して高らかに宣言したのは霧生院斗羽利だった。相変わらずの幼児体型、しかし今日のヘアースタイルは珍妙かつ奇天烈なものである。


 長いブロンドを十本に分け、色彩鮮やかなリボンが結ばれていた。



「おはようございます、斗羽利ちゃん」


「ちゃん付しないでって言ってるでしょ、夏向」



 金髪を靡かせて歩く斗羽利は僕の傍まで歩いてくると、いきなり鼻で笑った。



「フフ、まさか貴女がアイドルになるなんてね。聞いたときは耳を疑いましたわ」


「よろしくお願いします、霧生院先輩……」



 僕は怒る気持ちを押し殺して、霧生院斗羽利に頭を下げた。

 シークレットライブでの一件で、僕は彼女の裏の顔を知ってしまった。だからこの人に対して、素直に尊敬の念を抱くことはできない。

 枢木夏向を傷つける奴は、相手が誰であろうと絶対に許せないからだ。



「まぁ、この業界に長く居たいのなら私様に対する態度は精々気をつけなさい」



 好き放題言われているのに、何も言い返せない。

 これが芸能界の序列というものか。



「はいはい二人共、アイドル同士の挨拶は後にしてちょうだい。話を進めるわよ」



 秦泉寺さんに促されて、ついに話は本題に入った。

 その後行われたオフィスでの打ち合わせも無事に終了し、僕と夏向は斗羽利と別の楽屋へ案内された。


 十五畳程度の広さ、二人で居るには持て余す空間。椅子に座って番組の段取りを一通り頭の中で整理しつつも、あの枢木夏向と一緒の部屋――。

 二人きりで居ることを、否応なしに強く意識してしまう。



「咲、ほらこの花見て! すごく綺麗!」


「う、うん。そう……ですね……」



 部屋の中に飾られている造花を見て感想を口にする夏向に対し、僕はあやふやな返答をしてしまう。


 自分でも、ぎこちない返事をしてしまったと下唇を噛む。しかし意識しないようにすればするほど、この状況は悪循環を生んでいるのだ。



 見た目は女、体は男――その名は蕗村咲。

 とんだ変態野郎である。



「咲、お腹空いてない? 私、お菓子持ってるの。一緒に食べようよ」


「だ、大丈夫……です。私、お腹いっぱいですから……」


「……そう、なんだ……」



 明るい表情を見せた夏向の顔に、僅かながらの翳りが見えたのを僕は見逃さなかった。


 正直、あんな返し方って無いよね……。


 自分が女の子の立場で考えてもわかるほど、今の僕は枢木夏向との接し方に戸惑いを抱いていた。



「ねぇ、咲。正直に答えて欲しいんだけど……。私って、やっぱりうっとおしいのかな?」


「そっ、そんなことないですよ!」



 僕は全力で否定した。

 枢木夏向がうっとおしいなんてこと、今まで一度も思ったことはない。



「無理しなくていいよ。私、自分の感情を相手に押し付けちゃうところがあるから。知らず知らずに周りの人へ負担とか掛けちゃうんだよね、あはは……」


「夏向……」



 表面上では笑っている夏向だが、その瞳の奥で悲しんでいることが僕にはよく伝わってきた。



「それで、事務所の子達ともあまり口を聞くこともできてないって言うか……。意識して治そうとしてはいるんだけど、私ってば理性より感情が先走っちゃうタイプだし……」


「それでいいんですよ! だって、夏向はアイドルなんだから! 言いたいこと、やりたいことを我慢している枢木夏向なんて枢木夏向じゃないです!」


「でも、それじゃあ周りに……」



 意気消沈してしまっている夏向に、僕は思ったことを伝えた。



「確かに、夏向には過度なスキンシップを取る一面があるとよくわかりました。でもそれを受け入れてこそ、本当の意味で夏向を理解できるんだって思うから」


「咲……、ありがとうっ!」


「お礼なんて言わないで下さい。それに私も、謝らないといけませんから……」


「謝る?」


「その……私がよそよそしい態度を取っちゃったから、余計に夏向の不安を煽っちゃったんだって。今までずっと夏向のことを応援していたファンから、今度はアイドルとして夏向と同じ立場になったって思うと……どうにも緊張しちゃうって言うか……」


「そうだよね、私も気づいてあげられなくてごめんなさい!」


「こればかりは夏向に非は無いよ、むしろまだアイドルとしての自覚が持ててない私の方に問題があるっていうか……」



 僕は自分に言い聞かせるようにその言葉を口にした。



「……ふふふ、私たちってお互いに謝ってばかりだね」


「うん。でもおかげで、私は心の奥につっかえていたわだかまりが取れた」

「私は、自分を無理に繕う事をしなくていい人に出会えた。これからもよろしくね、咲!」


「こちらこそ、もう夏向一人には辛い思いをさせません。私が傍にいるから!」



 その為に、僕はここへ来たんだ。

 

 枢木夏向を取り巻く陰湿な影に立ちはだかり、彼女を支える。夏向はもう、独りじゃないんだから。



「じゃあ、その……私から咲に一つお願いがあるんだけど……」


「お願い……ですか?」


「敬語で話すのは、やっぱり気になっちゃうって言うか……パートナーなのに距離を感じちゃうし。咲には素のままの喋り方で、私と接して欲しいの。駄目かな?」


「う、ううん! 大丈夫! そうだよね、夏向と私はもうパートナーだもんね。これから一緒に仕事をしていくのに、相方が敬語なんておかしいし。敬語はもう使わないよ」


「ありがとう!」


「夏向、咲。時間よ」



 決意を新たにしたところで、秦泉寺さんが楽屋へ入ってきた。



「わかりました。行こう、咲!」


「うん!」


「二人共随分馴染んだ……と言うより、打ち解けたって言ったほうがいいのかしら……。あなた達、何かあったの?」


「まぁ、その……なんて言うか……」 



 秦泉寺さんから見ても、僕と夏向の間に新しく生まれた雰囲気の違いがわかるらしい。打ち合わせが終わった時の僕と今の僕とでは、心のゆとりが全く違う。



「二人でアイドル活動をしていく為に、もっとお互いの事を知っていこうって事で話をしていたら、さらに仲良くなれたんです」


「あら、そうなのね。何にせよ二人の間に信頼関係が築けたのなら良かったわ。スタジオは楽屋を出て奥にあるの、二人の晴れ舞台を私も楽しみにしているわ」


「「はい!」」



 秦泉寺さんからも激励の言葉をいただけて、僕のテンションは跳ね上がった。

 実に不思議な気分だった。テレビの前に出るという緊張で足が竦んでしまいそうなのに、夏向が傍にいるって思うだけで今の自分ならなんでもできそうな気になってしまう。


 身につけている服装の乱れを整えると、僕は夏向に手を握られて楽屋を出た。

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