無限を見る殻

湫川 仰角

無限を見る殻

『昆虫は宇宙からやってきた地球外生命体だった』

 これまで一考だにされなかったその仮説がであると立証されたのは、人類が太陽系外惑星の探査を可能にしてからそれほど経っていない時だった。


 惑星HD104985c通称:カナベラルの調査から帰還した探査機内部に、Blattodeaゴキブリの死骸が発見された。その死骸は地球に生息する個体と比較し1.8倍大きかったものの、地球上の同種とほぼ同じ形態であった。

 驚くべきことは、それが他の惑星探査に向かった探査機からも同様の個体が見つかったことだった。

 地球に生息する生物が、同じ姿で別の惑星にも生息している。惑星独自の進化に依らない、生物の同一起源。

 果たしてそれは偶然か、神ならざる者による作為的な生命体頒布活動か。

 この発見をマスコミはセンセーショナルに報道し、専門家の間で論争は激化した。


 長く続いた論争に終止符を打ったのは、成層圏中から有機生命体を発見したという2013年の報告から始まる、宇宙飛来物体に関する研究報告だった。

 要約する必要もない事実として、が発見された。恐る恐る培養を続けたところ、中からはTadpoleオタマジャクシによく似た生物が孵化した。

 カエルが宇宙へ向けて産卵を行うか?

 議論の余地なく、この現象が神為的な活動に依るものであることが結論づけられた。


 やがて一部の過激派およびギークたちは密かに考えた。

 人類もまた、外惑星に活動領域を進出させることが可能なのではないか?



 その男は実験室で産まれた。知力体力に優れ、何より孤独に耐えられるようデザインされた、産まれながらの惑星開拓者として生をうけた。


 大勢の研究者に囲まれながら、男はありとあらゆる英才教育と、時間が許す限りのトレーニングを積み重ねた。その間、一歩も外に出ることは許されなかった。

 来る日も来る日も訓練だけを続けていたが、男が寂しいと思うことはなかった。もちろんそれはそうデザインされたからでもあるが、外界が録でもないことを知識として知っていたからだった。

 貧富、戦争、犯罪、理不尽に不合理。歴史を丹念に学べば学ぶほど人類の愚かさに辟易するばかりだった。なにより、研究機関の外では自分のような存在を非難する抗議活動が盛んに行われていることを知っていた。デザインベビーがこうして既に作られていることなど露とも知らず、抗議団体は飽きもせず反対活動を繰り返している。そんな外界になど、男は興味がなかった。


 研究室の天井、窓のない壁、教育係の顔だけが男の知る全てだった。その中で、教育に使われる資料映像に興味を抱くのは当然のことだった。

 絵画や生き物の生態は美しく魅力的だったが、特に興味を誘ったのは、天体の映像。

 研究室の白い天井しか知らず、青空すら見たことのない男にとって、無限に広がる彼方の世界は堪らなく憧憬の対象となった。


 男が生まれるに至るまでの、人類の太陽系外惑星への憧れを考えれば、それも自然のことだったかもしれない。


 やがて男はとなる。

 男が積み重ねてきた全てを遺伝子情報に詰め込み、記憶さえも伴って、開拓者として彼方の惑星へ送り込まれる。


 やがて男は孵化する。

 殻を破り目を覚ました時、男が目にする光景に白い天井などない。遮るものなどない、どんな資料映像にもない、人類の誰一人目にしたことのない無限の光景。


 やがて男は呟く。

 積み重ねた知識を総動員し、地球からどれほど離れているかもわからない惑星で、何に辟易することもない、煩わしいことなど何もない荒野で。


「さて、何から始めようか」

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無限を見る殻 湫川 仰角 @gyoukaku37do

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