ガーベラの花言葉

ぴけ

ガーベラの花言葉

今日は私の誕生日だ。

私は数年前に定年退職したが、愛する家族のためにお金がどうしても必要で仕事を辞めるわけにはいかなかった。そのため、他の惑星や別の地域に異動がない企業を探し、なんとか小規模企業に再就職することができた。最初の一年は、若手の従業員との価値観の違いに驚いたり戸惑ったりの連続の日々だった。部下と衝突して辞めてやろうかと思ったこともあったが、今ではあんなこともあったなと笑って話せるような間柄になっていた。ずいぶん私も丸くなったのだろう。近頃はぶつかることもなく和気あいあいと仕事ができているように思う。その勤めている会社には『自分と家族の誕生日には休暇をとる』制度があるので、今日は私の誕生日なので今日は『休暇』である。



しかし、休暇といっても家には私しかいないし、夜になっても誰も帰ってはこない。五年前までは大手企業に就職した息子が家から通勤していたのだが、抜きんでた才能を買われ、遠い惑星にある研究施設に異動になった。それからというもの、男一人の暮らしが続いていた。妻の代わりにせざるを得なかった料理が、今では趣味になっているのは面白いこともあるものだと感慨にふけりながらも、手際よく朝御飯を用意する。程なくして出来上がった。焼き鮭、ホウレンソウのお浸し、ダイコンの味噌汁、納豆に十六穀入りのごはん。いただきますと手を合わせ、食事を口へ運ぶ。ゆっくりと味わって食べ終わると、今度はごちそうさまでしたと手を合わせ、食器を片づける。


さて。今日はせっかくの休暇なので、妻に会いに行こう。途中にある花屋で妻の大好きな花を買っていこう。今日も反応は無いだろうけど、いつかは喜んでくれるといいなと思いながら、いつものように花屋の店員と相談しながら花を選ぶ。結局、ピンクのガーベラに決めると店員がおまけに黄色く丸い花をつけたミモザを一緒に包んでくれた。お礼を言うと、毎週通っていただいているので細やかなお礼ですと丁寧な口調で返された。また来週も来ようと思う。


花束を持ちながら少し歩くと、白く四角い建物が見えてくる。妻はあの五階にいる。ロビーで面会に必要な手続きをして、エレベーターに乗る。程なくして妻のいる部屋のドアの前に着いた。ノックを三回して、入るよと声をかける。返事はない。静かにドアを開けると、そこには妻がいた。規則的な電子音が響く中で、妻は静かに眠り続けていた。


今日はガーベラの花にしたんだよと、妻に花屋での出来事を話す。そして、遠い惑星で研究に没頭している息子のことも話す。話し終わるかどうかのその時、携帯が鳴った。確認すると息子からのメールだった。『親父、誕生日おめでとう』息子の惑星から地球までメールが届くには結構時間がかかるはずなのに、わざわざ誕生日に届くようにしてくれるとは嬉しい。そのことをすぐに妻に話す。静かに寝息を立てる妻の寝顔を見ながら、今日は静かな時間をここで過ごそうと思った矢先、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。


どうやら、この部屋に近づいているらしい。何事だろうか。激しいノック音が部屋に響く。意を決して、扉を開けると息を切らした息子が目の前にいた。走ってきたのだろう、汗だくだ。私は息子に、お前、仕事は!? 大事な新薬の研究だって言ってたじゃないか! 息子は私の問いには答えず、代わりに大事に抱えていたアタッシュケースを慎重に開ける。中に入っていたのは液体の入った注射器、何かの薬だろうか?「やっと新薬、完成したんだ。この薬でお袋を救える」息子はそう言うと、お袋に投薬を始める。そこからのことはまるで奇跡だった。今まで硬く閉じられていた妻の瞼が開いたのだ。私は妻に言葉に詰まりながらも「おはよう」と言うと「おはよう、あなた」と十数年ぶりの妻の声が聞こえた。

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ガーベラの花言葉 ぴけ @pocoapoco_ss

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