#232:不撓不屈な(あるいは、イトワズ・厭わず)

「っはぁ!! ずいぶんと久しぶりじゃあないか、アオナギ、トウドウ。けったいな格好で、ついにトチ狂ったかと思ったよ。元気かい?」


 リング上にのそのそと上がってきた、メイド服に白黒の顔面メイクを施した細いのと丸いのに目を向けながら、ミズマイが嘲笑うかのように口の片端を曲げてそう言う。「トチ狂ったか」には同意せざるを得ないけど、こいつのねちっこい口調もやはり気に入らない。


「これは……む、ムロトが『メイド・イン何とか』って、……そう強引に言うもんだから」


「お、俺らの意向はよぅ? ことごとく却下されちまってよお……」


 何でそこは絶対乗ってくれないの!? そして声を張らんかっ!!


「……まあ最後にひと花咲かせるには、頃合いだったかもだねえ。キミらのような落ち目のロートルさんどもには、そろそろ参加自体、断ろうかと思ってたところだし、ね」


 ミズマイは関心なさげに、そう余裕こいたツラで言うばかりだ。もっとそのー、メイド服に至った経緯とか、その練り込まれたディティールとか、掘り下げるところ、あるでしょ?


「そいつは好都合だ。俺らもよ、お前さんのおかげで腐りに腐りきっちまった元老とかその他諸々をよ? ぶち壊しに来たわけだからよぉ」


 手にしていた消火器を足元にごろりと転がすと、アオナギがいつもの、何にも動じないような、極めて自然な感じで物騒なことを言い放つ。そうだよ、僕らのやる事は、あとはぶち壊すことだけだ。対するミズマイはオーバーな仕草で肩をすくめ、体を揺すって苦笑して見せる。テンプレ野郎め。


「……切ないねぇ、キミらは、ムロトミサキの添え物的にこの場にいるだけなのにねえ。ま、そのムロトミサキにしたって、ワタシがうまく、うまぁく、盛り上げさせつつ勝たせてやってたに過ぎないのだよ? つまり、キミたちはワタシの仕掛けているこの一大イベント……公開対局を、成功裏に収めるための駒に過ぎないわけだ。……駒は駒らしく、ルールに従って、動かされたまえ。盤上を支配するのはあくまでこのワタシ。駒ひとつに盤面は覆せやしない。ましてや盤をぶち壊すことなど……出来るわけがないのだよぉ、くくく、非力な諸君よ。ワタシに従い、見事、盤上で舞い踊ってみせてくれ。パシパシクルパシ。パシパシパシリとぉ……それで決勝対局料『450万』はキミらのものだぁ」


 ミズマイが腕を組み、顎に手をやりながら、笑いをかみ殺すような顔で、僕らを値踏みするかのような視線を寄越してくる。450万円ね。前の僕なら、そのカネを得るためだったら、この目の前のクズに土下座して靴を舐めることぐらいはしたかも。だが。


「……ひとつじゃない。ひとりじゃあ……ない」


 残念だったな。僕は以前までの……世界を自分の方から閉じていた、かつての僕じゃない。カネは手段さ。目的じゃあ、断じて無い。僕の言葉に、ミズマイの両隣の二人が、ぴくりと肩を動かした。かのように見えた。

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