#222:痛烈無比な(あるいは、土の中で待て、求婚)

 二周目の第四コーナー。僕の前を黒いドレスを翻しつつ疾駆するカワミナミさんだったが、それに並ぶようにして、早くも周回遅れのわがチームの二人の、おっかなびっくりの滑りも見えてきた。というか、まだこの辺にいたのか。だけど……これは、好都合、ですよねカワミナミさん!!


「……」


 ガニ股で、滑るというよりは歩いてるに近いアオナギに、無言で少しの微笑みを見せながら、並びかけるカワミナミさん。当のアオナギはと言うと、いきなり真横に接近されて泡食ってる様子だ。嗚呼。何かあったらフォローに飛び出そうと、僕はその二人の真後ろまでスピードを上げて追いついていこうとするのだけれど。


「アオナギ」


 カワミナミさんは自然な笑みのまま、左隣のメイド服のおっさんの名前をさりげなく、そしてどこか愛おしげに呼ぶ。


 アオナギはまたもびびってのけぞるだけだけど、おい!! もうこの人は自分のことになると途端に残念になるな!!


「……」


 しばし間があって、カワミナミさんはゆっくりと口を開いた。


「私は……お前の事が好きだ。愛している。初めて、このコンテストに誘われてから、ずっと」


 何かを達観したかのような、超自然な感じで切り出されたその言葉は、僕の予想通りではあったものの、やっぱり、聞く者の心を震わせる力を持っていたわけで。わけも無く、僕は泣きそうになっていた。


「あ……お……」


 しかし……これも予想通りというか、完全に固まってしまったアオナギを見やり、僕はその後頭部を小一時間ばかり小突き回したい衝動にかられる。


「む、ムロト選手指名……あ、アオナギ選手っ!?」


 実況のサエさんも泡食った感じだけど、僕は正気だ。前方にいる、メイドおっさんの目を覚まさせなきゃいかんわけで。この人はあまりにねじくれてしまっていて、自分に向けられる率直な感情とかをもう理解できなくなっているんだ。それを、正す!!


「アオナギィィィィィッ!! いい加減、わかれぇぇぇぇぇぇっ!! 男だろぉぉぉ、タマついてんだろぉぉぉぉぉっ!!」


 僕の叫びがこだまする。でもやはりアオナギはぼんやりと、よたよたと歩くように滑るばかりだ。聞こえてないのか? まあ、僕が意図していたのは、この後のだ。


 <ムロト→アオナギ:623pt>


 評点は最低レベルではあったけど、それは、もはやどうでもいい。


 <アオナギ:0pt→耐ショック姿勢>


 相殺どころじゃないアオナギに、それは告げられた。一瞬後、


「そぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 流石のアオナギからも、衝撃の余り、珍妙な叫び声が。


 その両膝は不自然なほど、ぴんと伸ばされ、さらに体全体もしゃっきりと、気を付け姿勢になっていた。こんなアオナギ見たことないよ、やはり電気ショックの力は凄まじい。でもこの愛のパーティアタックで、アオナギが目を覚ましてくれたのなら。


「……私が告げたかったのは、それだけだ。この溜王戦が終わったら、私はタイに渡ろうと思っている。自分の蹴りがどこまで本場で通用するか、確かめたくなったからだ。多分もう会う事も無くなる。その前に、どうしても自分の気持ちを伝えたかった。聞いてくれて……感謝する」


 カワミナミさんはその微笑を絶やさずにそう言い切ったけど、僕には見えるよ、答えを求めて切なげな表情をしている、その内面の顔が!!


「お、お、お、……」


 相変わらず、まともな言葉も発せずにいる当のその相手に、僕は大概にせえよとその後頭部に電気ショックを喰らわせられたらいいのにとか思う。アオナギィ!! 男見せんかいぃぃぃぃぃっ!! と僕が絶叫しかけた、正にその時だった。


「……俺と結婚してくれ」


 予想外の落ち着きを持った声が、アオナギのガタガタの歯の隙間から放たれたのであった。


 え?


「……河南ジュン、お前に結婚を申し込む。このしょうもない俺を憐れと思うのなら、一緒に所帯を持ってくれやしねえか」


 え? ええ!?


「……」


 今度はカワミナミさんの方が完全にフリーズしたようだ。普段見せることのない、見開いた目をした驚きの表情で、アオナギを凝視している。かたやド級の発言をした当の本人は、何度か垣間見せた、自然体のゆるやかな表情だ。や、野郎、やりやがったな!!


「わ、私は、『河南 潤』という……男だぞっ!? ナリはともかく、戸籍上もひとりの男でしかない、ただの……」


 カワミナミさんの茫然としたまま、口をついて出る言葉を遮って、


「俺はアオナギ、自由人だ」


 自然体のまま、アオナギは続ける。


「……御上が勝手に決めた諸々に、おいそれと付き従うような、そんな融通の利くような男じゃあ、ねえのさ」


 よく言った。今まででいちばんいい事を言ったよ。


「あ……」


 言葉も無く、呆けたままで今にも止まりそうな滑走を続けるカワミナミさんだけど、あなたもあなたで、もう迷ってる場合じゃないですよっ!!


「……」


 僕のやや後方をどてどて走るかのように滑っている、丸男に目をやる。無言でにやりと頷く丸メイド。僕ら二人は示し合わせたかのように息を大きく吸い込むと、


「「……飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」」


 そう声を限りに叫んだ。


 そうだよ飛ぶんだっ、この世のしがらみからっ!! 自分たちだけの、遥かな高みまでっ!! そして、


「……」


 感極まったのか、カワミナミさんは顔を俯けると、勢いよくアオナギの胸に飛び込んでいった。良かった。本当に良かった、と心からそう思う。


 しかし、唯一の誤算が。


 それはカワミナミさんがアオナギの体に抱き着いたまま、爪先から先に足場に降ろしたことにあったわけで。


「……!!」


 瞬間、二人の体は、足に装着された自動ローラーの推進力をフルアクセルで食らい、コースの内側へと吹っ飛んでいったのだった。


 あ、嗚呼。嗚呼としか言えんわー。

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