#221:沈思黙考な(あるいは、はばたけ、高みへ)

 またしても、わけのわからない運営側の設定のこだわりに翻弄され、やる気がため息と共に抜けていってしまっている僕だが、いや気合いを取り戻せっ!! カワミナミさんの「指名」は真っ向から受けなければダメだっ。本当の、ダメになってしまうから。


「……」


 現在位置、二周目の第一コーナー中間付近。


 最インをひた走る(しゃがんだままだけど)僕の右斜め前、コースの中央付近を、無駄な力を感じさせないものの、しっかりとスケートが足場を噛んで、それが全身に強力な推進力を与えているかのような、完璧なフォームで黒いロングドレスを翻して疾走しているのが、僕のタイマン相手、カワミナミさん。


 そのDEPを披露するところは僕にとっては初見・初耳(?)だけど、いったい、どんな手を繰り出してくるというんだっ? しかし意に反して、


「……少年、君とはじめて会った時のことを覚えているか?」


 インカムを通して、カワミナミさんの、いつもの落ち着いた声が聞こえてくる。


 え? 僕に聞いて来ているの? DEP……じゃないのか? カワミナミさんはいつの間にか体の力を抜いたかのように素立ちになり、その速度も落ちて、後方の僕との距離が詰まってきていた。


 「……深夜のコンビニまで君を尾けていったわけだが、なぜそんなことをしたか、わかるか?」


 カワミナミさんはとうとう僕の右隣に付けて並走を始めた。僕の方を向いているけど、ヘルメットのシールドは真っ黒で、その顔、表情は全くうかがい知れない。


 それでも、僕はカワミナミさんにきちんと対峙しなくてはならない。自然にそう考え、おっかなびっくり、ローラー靴のアクセルを踏んだまま、膝立ちの姿勢から立ち上がって、その真っ黒な面に向かい合った。


「……わかりません。何で、僕なんかに興味を持たれたんですか?」


 素直な僕の気持ちが、ふっ、と口をついて出て来た。僕とカワミナミさんは、結構な速度でアクリル足場を周回しながらも、いつの間にか、二人きりで静かな川辺を歩いているかのような、周囲の喧騒から隔絶された空間を共有していた。


「『レビーズ』でアオナギらと一緒にいた君を見て、恥ずかしい話ながら、嫉妬してしまったんだ。その隠しようにも隠し切れない、強力なダメの才気と……アオナギの、君への入れ込みように、な」


 ふっ、と、いつものように柔らかに、カワミナミさんが微笑したように思えた。


「君は強い。私のようにただ死に損なっていただけの人間より遥かに強い。ダメとしての強さ、そして人間としての靭さを、君は兼ね備えているんだな。敵わない」


 カワミナミさんが呟くように紡いでいくその言葉に、僕は何も言葉を返せないままだ。僕はただの平凡な人間ですよ? ただ、心と身体がちぐはぐなだけの。


 でも、カワミナミさんだって、そうだったんでしょ? そしてその不条理を、自らの力で乗り越え、ねじ伏せていったんでしょ? 僕なんかより、よっぽど強いじゃないですか。


「……」


 でも内心、僕はカワミナミさんが言いたい事も、言葉では表現できないけれども、分かってしまっていた。共有されてしまっていた。そうか、そうなんだ。だったら僕の役目はここまでですね。


「……ここまで来ちゃったんなら、もうぶち込んでいくしかないんじゃないですか? 『僕と戦いたい』っていうのは、方便なんでしょう? ここなら逃げ場も無いですし、あの掴めないのでも追い込めそうですよ?」


 と、わざとらしいくらいの「にやり顔」で僕は言ってやった。と、


「くっ……ふっ、本当に敵わんな。……しかし、君と相まみえたいと言ったのは本心だ。君に……礼を言いたかった。会えて良かった」


 カワミナミさんはそう言うなり、ヘルメットのバンドを外して一気にそれを両手で上にがぼ、と引き抜いた。そしてそれを、コースの内側に放り捨てる。ええっ!?


「……ここから先は、自分のためにこの対局を利用する。それがさんざ、元老の輩たちに利用され続けた……私の意匠返しだ」


 ヘルメットの下から現れたのは、どぎつい黒メイクのままだったけど、しかし、その顔には何にも縛られてなさそうな、不敵な笑みが宿っていた。もう僕は察しすぎて勝手にドキドキしていたわけだけど、最後に餞の言葉を放っておく。


「そうですよ!! やっちゃってください、元老なんて……」


「……くそくらえ、だな?」


 にやりと返してくれたカワミナミさんは、ぐいと前傾姿勢になると、そのまま僕の視界の前方へと、勢いよく速度を上げて小さくなっていく。


 それを見送り、僕は再び前を目指す。僕の勝負もまだ、終わったわけではないから。

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