#172:奥義な(あるいは、花輪咲けども)
「え? なに? き、きぃやああああああああああああっ!!」
衝撃音と悲鳴が鳴り響く。しかし、リタさんの身体に付けられたプロテクターが弾け飛ぶのを待たず、翼は既に行動を開始していたわけで。
「リタを!! 落とすかよぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
決然とそう叫びつつ、翼は体を保持していた把手を自ら手放すと、傾斜している足場を駆け下り始める。落下前にかっさらう、その算段かっ!?
でもリタさんが今にも滑り落ちそうになっている足場までは、その間にある直径3mちょっとくらいの円形のプールを飛び越えなくてはいけない……見た目、躊躇してしまうような微妙な距離。しかし翼に全く逡巡は見られない。大丈夫なのか!? と、
「ワシを踏み台にするタイ!!」
酢酸プールに仰向けで浮いていた丸男が目覚めるなり、そう言い放ったのである。いや目覚め方……まあこの際何でもいいか。
丸男はプールの淵に両腕を引っかけて踏ん張ると、その右脚を水面からシンクロのように天に向かって掲げ上げた。なるほどー、丸男の足裏を踏み台にして距離を稼げと。うーん。
「おおっ!!」
雄たけびを上げ、翼が足場の終点から円形プール上の丸男目掛け、跳躍する……っ!!
「「『
翼と丸男の技名の詠唱が高らかにハモるけど、いや何で。
しかしその息ぴったりの掛け声とは裏腹に、案の定と言うか、翼の踏み出した右足に掛かるその全体重を、水に浮いた姿勢の丸男の右足が受け止められるはずもなく、あえなく沈み込んでいくその途中でお互いの足裏はズレて外れ、落下の加速もつけて、お互いの股間にお互いの右足を撃ち込むという最悪な結果に終わってしまった。
「「!!」」
言葉にできないってよく言うよね……知らないけど。折り重なるように悶絶した二人だったが、上位の翼はすぐさま僕の方を見上げると、目でGOサインを出してくる。そして、
「岬くんっ!! ボクを踏み台にするんだっ!!」
……翼も何か変なスイッチが入っちゃってるけど、言いたいことは分かった。
「いくよ、翼くんっ!!」
求められていることは、斜面走り降りての二段ジャンプ、超難易度だけど、この超次元のノリに乗っかるしかない!! 僕も把手から両手を放すと、斜面を裸足で疾走する……っ!! そして踏み切り!
「!!」
翼の背中になるべくの最小限衝撃で着地した瞬間、僕は渾身の力を込めてそこからリタさんの足場に向けて跳んだ。
「うおおおおおっ」
両腕を目いっぱい伸ばす。足場に右の爪先が接地した瞬間、両手も足場に触れた。いける。そのまま両手を掻き毟るように動かし、足も踏ん張って、僕は何とかリタさんの足場に飛び移ることに成功した。
ほっとする間もなく、上方から滑り落ちてきたリタさんの身体を抱きとめると、最後の力を振り絞って体を捻り、うっちゃりの態勢でリタさんごと足場の右側に転がり落ちた。
「はあっ……はあっ……」
そこまで高さは無かったけど、背中から落ちて一瞬止まった後は、呼吸が収まる気配は全くない。でもとにかくリタさんを酢まみれにすることだけは避けられた。
とどめの一撃とも言える僕の全体重を股間に食らいあった男たちは酢酸プールの中で白目を剥いて折り重なりつつ浮いているけど。まあ良かった良かったと、そう思うことにする。
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