猟奇的痛みからの最高の目覚め

いとり

私を愛して


 僕が彼女からの視線を感じたのは、中学を卒業した辺りからだった。

名前は相沢 真奈美。小学時代からの同級生だったが、一度も話したことは無かった。と思う。地味で、大人しく、クラスに必ず一人はいる目立たない子。その程度の印象しか、僕は彼女に対して持ってはいなかった。前髪は長く、目元がいつも見えない。小顔で、身長は140あるかないか。休憩時間は自分の席で何かを読んで、人との会話を拒む。


 卒業式の帰り際に、僕はたまたま校舎裏にいる彼女を見つけてしまった。


 どうやら、彼女は誰かに告白されている様だった。当然、彼女は申し出を受けるはずもなく、しつこく告白してくるモブ男に困っていた。こちらから行動を起こさなければ、そのまま卒業して、一度も関わらないまま別々になるであろうモブ子のはずだったが、僕は何故かその状況を見ているのが耐えられなくなり、気づいたらモブ男の前に立っていた。


「何? お前?」

「あの。僕の彼女・・に何か用ですか?」

「は? お前ら付き合ってんのか??」

「はい。それが何か?」

「……趣味悪っ」


 そう吐き捨て、モブ男はモブらしく去って行く。


「えっと……あの」

「あー……別に気にしないで下さい」

「……はい。ぁりがとうございました」


 僕は何事もなかった様にその場を去っていった。これ以上関わると、後々面倒な予感がしたからだ。しかし、既にこの時点で僕の普通の人生は終焉を告げていた。


 


(あれ……いつの間にか寝てしまっていた)

(?? 体が……動かせない) 


『あ!目が覚めましたか? 春人くん』


 何故か僕は、椅子に座らされ、体をロープで縛られ身動きが取れなくされていた。辺りを見渡すと、赤色光の明かりで照らされた薄暗い部屋に、病院の様な消毒臭、目の前には嬉しそうに笑う真奈美の姿があった。


『御気分はいかがですか春人くん?』

「相沢?」 

『はい! 春人くんの・・・・・相沢真奈美です!』

「これは、いったいどういう――」

『あ! あまり動かないでくださいね。やっと止血が出来たばかりなので』

「……え?」


 僕が体を動かせなかったのはロープに縛られていたせいではなく、既に腕と脚が切断されて、無かったからだった。


「あっ……あっあああああああ!!」

『はぁ♡ その声、その悲鳴。凄く、気持ちいぃです♡』

「どうして!? どうしてこんなことを!?」

『どうして? それはもちろん、春人くんを愛してしまったからじゃないですか』

「愛した!? 俺達話すらまともに――」

『私、気付いちゃったんです。校舎裏で告白されているところを邪魔されたあの日。あ、私この人の事が好きなんだって』

「何を言って……」

『実は、いつも教室で春人くんの事を無意識に目で追っていたんです。ただのモブ・・・・・だと思ったけど、実は違っていたんだってことに、あの日気が付きました♡』


 こいつが何を言っているのか僕には理解が出来なかった。殆ど接点が無かったはずなのに、たったあの数分間、関りを持っただけだというのに。普通の感覚では、到底考えられない。なのに、何故こいつはこんなにも幸せそうに笑っているんだ。


『見てください春人くん。これ、何だか分かりますか?』

「まさか、お、俺の腕……」

『はい! 正解です! 正確には春人くんの左腕です!』


 真奈美は嬉しそうに、僕の左腕だったそれを持ったまま、先の無くなった膝の上に馬乗りになる。


『ほらほら見てください! 私とお揃いです♡』

 

 そう言いながら見せてきた手の薬指には、銀色の指輪がはめられていた。

 幸せそうに見つめていると、何を思ったのか、いきなり手の甲に噛み付く。

 まだ切断して時間が経っていなかったのだろう。真奈美の口から、僕の血が漏れ出す。


『ふふ♡ ほら、綺麗に紅差しも出来ましたよ♡』


 僕の血で赤く染まった真奈美の唇が、容赦無く僕の初めてを奪う。


『んっ……はぁ♡ 春人くんの血も、唾液も、温もりも、全部、全部、美味しいです♡』


『でも……まだ、足りないなぁ』

「え?」

『春人くんの……熱い愛が欲しいです』

「なにを――」

『じゃあ、温かいうちに食べちゃいますね♡』

「やめっ」

 

 真奈美は躊躇なく、僕の胸に包丁を突き刺す。


「痛っ……あああああ!!」


 麻酔が届かない程の深い痛みが僕を襲った。

 僕の痛がる姿を見ても、一切手を止めることなくバキバキと肋骨を折っていく。


『ああ♡ 見えましたよ春人くん。春人くんの綺麗なハート♡』

「やめてくれ……相沢……」

『だーめ♡ じゃあ、いただきまーす♡』

「っーーー!!」


 あまりの痛みに目を覚ますと、そこにはいつもの天井があった。

 リアル過ぎる痛みだったことに困惑しながらも、自分の腕と脚があることで、 すべて夢であったことを理解する。


「はぁ……」

 

 僕は、なんと素晴らしい夢・・・・・・・・・だったんだと余韻を楽しみつつベッドから起き上がる。

 そして、いつもの様に身支度を済ませ、赤色光の灯った部屋へと赴く。


「おはよう。真奈美・・・♡」



 

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猟奇的痛みからの最高の目覚め いとり @tobenaitori

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