先輩とお風呂、後輩とベッド

たつおか

先輩とお風呂、後輩とベッド

 目が覚めると、互い一糸まとわぬ状態で抱き合っていた……しかもベッドの中で。


 場所はハルが一人暮らしをするアパートの寝室──言わずもがな『事後』の光景ではあるがしかし、当人であるハルとエチカにはこうなったことの記憶が全く無い。状況を理解しない事にはそうそうに起き上がれなかった。

 ゆえに、


『…………』


 ハルとエチカは共に、寝たふりを続行する。そうしながら昨日の行動を記憶の束から追っていった。


──えっと……文化祭の後だよな?


 ハルは考える。

 件のハルとエチカは同じ学校の園芸部に所属する先輩と後輩であった。

 一つ下のエチカは園芸部にとっては唯一の部員であり、ハルにとっても心強いパートナーである。


──あれれ……昨日どころか文化祭の記憶も飛び飛びだあ……


 一方でエチカも思い出そうとする。

 新入部員獲得のアピールに燃えた今回は、部の存在感と成果を示そうと大規模なガーデニングを企画し、永らくその準備に追われてきた。

 放課後のわずかな時間を使い、部室からほどなく近い校舎裏の一角を『枯山水』よろしくに造作する作業はしかし、文化祭直前まで終わらなかった。


 祭り当日を含む二日ほどはほぼ完徹といった体で作業を続けた甲斐もあってか、二人の作品は上々の評価と客入りを経て、恙なく終了した。

 不眠不休のコンディションと、経験に無い大賛辞を受けたことによる高揚感から、文化祭終了直後の二人のテンションは、それはおかしな塩梅となっていた。


『疲れたな、エチカ! 風呂入って寝たいな!』

『はい! 寝たいッス! 風呂も入りたいし、ご飯も食べたいッス!』

『じゃあ俺の家に来るか!? そこで風呂入って飯くらい食ってけ!』

『あざーッス! 言われなくても行くつもりでした‼』 


 互い目の焦点が合っていなかった。向き合って話しているつもりが、ハルは飾りの流木に、そしてエチカは三角コーンに向かって大きく声を張り上げている始末。

 かくしてまともに歩けなくすらなっている互いを支え合いながら、二人はハルが一人暮らしをするアパートまで辿り着く。


──思い出してきた……アタシ、バカなこと言ったんだった……!


 風呂を沸かし、先に入るよう促すハルに向かいエチカはとんでもない提案をする。


『先輩! 一緒に入りましょう!』


 その時の彼女曰く、片一人が出るのを待っているよりも一緒に入った方が効率も良いし、風呂の湯も少なくて済む──などと説得力の欠片も無いものではあったが、


『それもそうだな! お前、頭いいな!』


 ハルもハルで何の疑問も持たずにそれを受け入れてしまう。


──ちったぁ考えろよ、俺のバカ!


 かくして特に疑問も抱かなければ、そして別段恥ずかしがる様子も無しにリビングで服を脱ぎだす二人。

 互いに最後の下着の一枚も脱ぎ捨てると一糸まとわぬ姿で対峙する。


──うわあぁぁぁぁ……!

──ああぁぁ……もう!


 盗み見るなどするまでもなく正面からエチカを見据えると、ハルはその爪先から頭の天辺までを観察する。

 そして、


「お前、キレイだな! 尻も胸もそこそこで、すげー良い体してるぜ!」


 素直に思ったままを伝える。


「あざッス! 先輩だってカッコいいッスね! 肩の筋肉とかごつごつで男らしいです!」


 返すエチカもまた、何一つ照れる様子も無ければ当然の如くにハルの全身を見渡しては、素直に感嘆してみせた。

 ここまでのやり取りからも分かる通り、極度の疲労・睡眠不足から脳は正常な機能を果たせずにいた。

 その弊害の一つが羞恥心の喪失であり、さらには性欲の消失であった。

 この時のハルとエチカには、ただ互いが好ましい存在としてしか映っておらず、純粋にそんな存在を称え合っていたのだ。


──変にムラムラしなかったのは唯一の救いだったな……


 この瞬間の自分を振り返りながらハルも内心でため息を一つ。肉体の一部に変化が生じなかったことを心から安堵した。

 その後風呂に入った二人は、実に和気藹々と過ごす。

 互いの背を磨き合い、頭を流し合い、さらには湯水が溢れるのも意に介さず狭い浴槽へ二人で入った。


──うわー! アタシ、先輩に背中預けてる……!


 湯船の中、両膝を立てて足を開くハルの中央へエチカはその身を預けていた。

 リクライニングシートよろしくにハルの胸へ背を預け、さらには後ろ頭も預けては湯に浸る開放感を満喫していた。

 一方のハルとて別段そんなエチカへ気遣わしくする様子もない。

 目を閉じてうなだれては、目の前にある彼女の肩へアゴ先を預けて、湯のもたらす癒しを満喫している。


 男女の垣根を越えた斯様な触れ合いも見様によっては微笑ましい光景ではあるのだがしかし、


──バカだな……コイツ。


 我ながらのその人畜無害ぶりが逆に腹立たしく思えてくるハル。

 この状況下におけるエチカの無事を安堵する傍らでは、『オス』としての不甲斐なさを情けなくも思った。

 そして同時にそれは、


──先輩……オッパイくらい揉んでくれたって良かったんスよ?


 同じくにそんなハルの態度にため息のエチカ。


 事実、エチカはハルを憎からず思っていた。そしてそれはハルもまた同様だったのだ。

 あるいは相思相愛であるやも知れぬ予感をそれぞれが抱いていただけに、この『何事もなく進んでいく展開』には、安堵以上に苛立ちの方が強かった。

 しかしながら、


──もしかしたら、この後に俺は『男』になるやもしれん。

──後半はもうちょっとアピールしてよね、アタシ!


 風呂後の展開に期待を寄せる二人。

 やがて風呂から上がると、頭を乾かすのもそこそこに二人は寝室へと戻っていく。

 恥じらいも無く全裸の男女が共だって歩いていく姿は、ジャングルにおける野生ゴリラのつがいを連想させるようで少しおかしかった。

 歩きながら、


『エチカ……大丈夫、か? 体、ダルくないか? 俺は……けっこう限界だ……』


 ハルは振り向くことも無く傍らのエチカへと語り掛ける。


『はい……それなんスけど、どうやらアタシも、ダメっぽいです。……今日はこのまま、泊ってっちゃってもいいッスか……?』


 同じくに視軸を前方へ投げたままフラフラと頭を左右に揺らすエチカ。


『おぉ、いいぞ。泊ってけ……かまわん』


 ハルもまたそれに頷くと、やがて二人は倒れ込むようにして寝室のベッドへと両手をついた。

 その後も着替えを探そうとするハルに対し、『肌寒いから抱き合って暖を取りましょう』と提案するエチカ。『今日のお前は冴えまくってるな』と心から感心するハル。


──あぁ……ダメなパターンだコレ。

──揃いも揃ってバカか……!


 一方でその回想を振り返る素面のエチカとハルは大きくため息。

 ようやく自分達が裸で抱き合っていた経緯を知ることが出来た。どうやら『間違い』は起きていない……否、起こらなさそうな雰囲気である。

 しかしあっけない幕切れに落胆する二人を前に、


『………ねぇ、先輩』

 ベッドに入ったエチカはふと口を開く。


『──んが!? なんだぁ……エチカぁ……』

 対して今まさに眠りに落ちんといった体のハルも辛うじて反応する。


『実はね……アタシ、先輩のこと好きなんですよ……』


 そうしてさらりと告白するエチカ。

 それに反応して、ハルもまた閉じかけていた瞼をわずかに開くとエチカを見る。

ここにきて初めて二人の視線がまともに向き合った。


『それは、『友達』ってことか? それとも『男』としてか?』

『男として、です!』


 尋ねてくるハルにエチカも即答する。


『このまま抱いてもらっても構いません……むしろそうして欲しいです』


 そんなエチカの告白を、依然として気だるげな表情で見下ろしていたハルではあったが──次の瞬きの後には、強くエチカを抱き寄せた。

 包み込むように背を抱き包むと、押し付けられたエチカの乳房が互いの胸の中で潰れ、さらにはハルのシンボルもまたエチカの腹に押し付けられる。


『好きさ……俺だって。俺なんか、初めて見た時から好きだったよ……』


 そしてハルもまた告白を果たす。

 しかしそんな二人の蜜月もそこまでだった。


『あぁ……先輩……眠いです………』


 猛烈な眠気は、そんな二人の神聖な瞬間にもおかまいなしにエチカを夢の世界へいざなおうとする。


『あぁ……俺も……もう、ダメだ……』

 それはハルもまた同じ。


『ねぇ、先輩………』

『……ん?』

『次に目が覚めたら、今の告白をもう一度してください』


 エチカも強くハルを抱き返す。


『いいよ……その時は、キスくらいしてやるよ……』


 ハルも応えてさらにエチカを深く抱き込む。


『わぁ……やったぁ………約束、ですからね……約束……ですから……──』

『あぁ……約束……約束する……愛してるぞ、エチカぁ……──』


 やがては二人、深い眠りへと落ちていった。



 そして今へと繋がる。



「…………」

「…………」


 全てを思い出した。

 しばし言葉無くそれでも抱き合う両腕を緩めなかった二人は、やがて自然に瞼を開いては互いを確認する。


 エチカとハルは、いま目覚めた。


 互いの想いを確認し合ったその瞳には、昨日とはまた違った気負いの無い素直さがあった。


「おはよう、エチカ」

「……おはようございます」


 当たり障りも無くそんな朝の挨拶を交わすと、今の状況とそして昨日までのことが全てない交ぜになって、つい二人は笑いだしていた。

 そしてそんな目覚めを二人は素直に嬉しく思った。


「昨日の答え……もう一度、聞かせてもらえますか?」


 尋ねてくるエチカに、


「一度でいいのか?」


 ハルは尋ね返すと小さく微笑む。


「ううん、いっぱい! いっぱいください♡」


 そして示し合わせたかのよう二人は改めて抱き合う。


 その後、一日を掛けてハルは幾度となく自分の気持ちを伝えた。エチカも幾度となくそんなハルの気持ちを受け止めた。

 そうして何度も互いの想いを確かめ合ううちに──エチカはもう一泊、ハルの部屋に泊まることとなるのであった。



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