決闘をしよう!
八ツ波ウミエラ
準備
報酬のバニラアイスクリームを食べながら、魔女が言った。
「これは無限の夢の呪いだね。でも呪いをかけたやつは半人前みたい。明日の朝には普通に目覚めるよ」
「ああ、よかった!魔女様、ありがとうございます!」
靴職人のジョンが目覚めなくなってから、もう三日も経っていた。心配した村の者達が隣村に住む魔女を呼び寄せたのだ。
「そんじゃ、ばいばい~」
魔女は来た時と同じように、歩いて隣村に帰って行った。乗り物酔いをするから、電車にも箒にも乗れないのだそうだ。
「ホッとしたよ、もう目覚めないんじゃないかと思っていた」
ジョンと仲の良い、プログラマーの羽島が胸を撫で下ろしながら言った。
「俺もそう思っていた。お前の三倍はホッとしてる」
これまたジョンと仲の良い、傭兵の吉良が言った。それを聞いた羽島の顔がひきつる。
「僕のほうがホッとしてるよ。僕のホッに比べたらお前のホッなんて塵みたいなもんだ」
「……決闘でどっちのホッがすごいか決めるか?」
「ああ、受けてたとう」
ふたりはジョンの付き添いを電器屋のアルバイトのケンジに頼んだ。バイトを早引けするはめになった可哀想なケンジはふたりに聞いた。
「オレに多大な迷惑をかけてまで、決闘しなくちゃいけないの?」
「ああ、もちろんだ。だよな、相棒?」
「決闘は僕そのものだ。人は自分を見失うと、生きていけないものさ」
良いこと言うなぁ!相棒!とかなんとか。それにまたうんたらかんたら。ケンジはすっかり呆れて、ふたりの会話を聞くのをやめた。
ふたりは電車に乗って河川敷に向かった。決闘は河川敷でするのに限る。なんてったって決闘屋があるのだ。
「大人ふたり」
「はいはい、おふたりさん、いつもありがとうねぇ。常連さんには特別にスタンプ二個あげちゃう!」
決闘屋のスタンプカードを見ながら、ふたりはニコニコと笑う。スタンプ二個なんてうれしいなぁ!
決闘が、始まる。
吉良が急須拳法の構えをとる。彼は急須拳法の赤ストライプを持っているほどの腕前だ。
対して羽島は読心魔法を唱えた。心を読み、相手が次に何をするかさえ分かれば、決闘においてかなりのアドバンテージが取れる。
羽島が読心魔法を覚えたのは、高校生の時だった。隣の席の鈴木さんの、好みのタイプが知りたかったのだ。十字路で悪魔との契約をすませ、羽島は読心魔法の使い手となった。
「鈴木さん、隣のクラスにジョンってやついるでしょ。あいつさ、自動販売機と結婚したいんだって。変わってるよなぁ」
「確かにちょっと珍しいけど、愛があればいいんじゃない?」
「そ、そうだね!!えっと……す、鈴木さんは?鈴木さんはどんな人と結婚したい?!」
「わたし、お相撲さんと結婚したいな」
(わたし、お相撲さんと結婚したいな)
読心魔法を覚える必要はなかった。鈴木さんは正直な人だった。だからこそ羽島は鈴木さんを好きになった。羽島は鈴木さんを諦めた。羽島はお相撲さんよりプログラマーになりたかったので。
折角覚えた読心魔法、羽島はそれを使うのを趣味としている。特に、銭湯で使うのが好きだった。
(はぁ~、極楽極楽)
(良い湯加減だ)
(ごくらく、ごくらく~)
生きてるうちにこんなに極楽って聞けるとこ他にないぜ。そして、当たり前だけど、みんな僕と同じように生きているんだよなぁ。
ジョンと羽島と吉良の三人で、隣村の大きな映画館まで電車で行ったことがある。ちょうど野球の試合のある日だったせいで、満員電車だった。ぎゅうぎゅうの車内、押し潰されながら、羽島は暇潰しに吉良の心を読んだ。
(今日の夕御飯、何にしようかな)
満員電車で押し潰されながら、悪態を吐くわけでもなく、今から見る映画のことでもなく、今日の夕御飯について考えている。羽島はそれ以来、吉良をちょっとだけ尊敬している。
羽島の右ストレートが決まった。吉良が倒れる。尊敬している相手だろうと何だろうと、決闘ではぶっ飛ばすのが羽島の流儀だった。これで五十戦中五十勝だ。読心魔法の使い手は世界を手に入れることが出来ると悪魔は言った。羽島は世界なんていらなかった。世界を手に入れた、なんて履歴書に書けないからだ。
「決闘終わったし、ジョンのとこに帰るぞ~」
吉良はニコニコしながら言った。負けちゃったの?可哀想だからスタンプ一個あげちゃう!のイベントが起きたからだ。たまにあるそのイベントのせいで、吉良のスタンプカードは羽島よりもスタンプが多かった。
「僕、考えたんだけど、ジョンの目覚めを最高の目覚めにするってのは、どうだ」
「最高の目覚め?」
「部屋をジョンの好きなもので埋め尽くすんだよ」
「ヒュウ!」
ジョンはベッドですやすや眠っている。ベッドのまわりには自動販売機がずらり。
「自動販売機を盗むのは、急須拳法の修行以来だぜ」
こうして、最高の目覚めのための準備が整った。
決闘をしよう! 八ツ波ウミエラ @oiwai
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