第四十三話『次の日』
次の領主にはアルベルトの対抗戦力として活動していたウィールズが仮着任することが決まった。これでウォーミリルにも平穏が訪れ、たくさんある商業ギルドも適正な競争の元で商売ができるようになり、一大商業の街としての活動を始めるのだ。
「すまないな。シズクさんだけじゃなくて、たまたまやってきたパーティーにまで救われちまうなんてよ。あの蒼海獣を操るフーリエがいたとはな」
領主の執務室で会話をするのはウィールズと、彼の妻であるクローリア、そして旅の一応のリーダーであるフーリエとウィールズの部下数名だった。
「そんなに大きいことをしたわけじゃない……というか、僕は何もしていないさ、礼は僕以外のみんなにしてくれ」
手を振って自らへのお褒めの言葉をはねのけるフーリエだが、実際に彼が直接かかわることはなく、今回の一件はグレースをはじめとした低レベルのプレイヤ―で片が付いたことなのだ。
フーリエはグレースはともかく、セイリアやイーヤらがしっかりと活躍してくれたことにうれしさをかみしめて、ダージリンティーをすすっていた。
そんな彼に熱視線を向けるのはクローリアだった。彼女は興味津々と言わんばかりに装備であったり、杖を眺めている。
「どうしたんだ? どうかしたか、そんなにあいつを見てよ……」
「……水属性の魔法を使うプレイヤーの中でも、フーリエという名前は五本の指に数えられるくらいには有名な魔導士に数えられているし、何なら召喚士としてはナンバーワンに挙げられるほどに優れた存在。同じ魔導士としては色々と語り合いたかったわ。後でいろいろとスペルのことを聞かせてほしい」
不愛想な表情が普段着であったクローリアがこんなにも相手に興味を示す理由は一つしかないことを察していたウィールズは、フーリエの言葉を待っていた。
「うーん、水属性と土属性には違う点は多いけど、重力魔法も興味深いし少し時間を取ろうかな? こっちは次の街が目的地だったし、それを終えてからならもう少し長居もできるけどね」
「約束。最近本格的に新作魔法に手を出そうと考えていたとこだから」
「へえ、とうとう第九階位魔法の制作に取り組むのかい?」
「そう、攻撃系の魔法はまだ君の元相棒さんしか成しえてないからね。ちょっと一番を目指したくなってきたの」
その問いにクローリアの瞳は一層の輝きを持つ。恐らく魔導士として最高峰の話と思われる高尚なものであるにもかかわらず、ウィールズをはじめとした外野は話に入れずに蚊帳の外で困惑していた。
「よう、魔法の話で盛り上がるのは構わないが、それはこの会議を終わらせてからにしようぜ? 部下も退屈しているようだしな」
「それは申し訳ないことをしたね。じゃあ始めよう、僕の知っていることから話していこうか」
そうして会議は続いていった。今後のこと、プレイヤ―がゲームに閉じ込められてからの現状。やはり帰還のための手掛かりは発見されておらず、この街にある七色の大樹のふもとにあるダンジョンで得られる固有ドロップアイテムを、隣のディレムフォやリリヴィオラで売って資金を得ていたという。
このゲームに閉じ込められてから三か月超、どこの街も生活基盤を安定させることに手が一杯らしく、探索は進んでいないようだった。もしかしたら、セイリア達のパーティーが一番情報は持っている可能性があるのだろう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ひとしきりことを終え、オレは宿屋の一角で今回の出来事の中心にいた黒猫のシズクをグレースから紹介された。
見た目はフードを目深にかぶる怪しさ満点の佇まいだが、彼女がフードを外すと、うら若き乙女といった黒猫耳の少女が現れた。
「はじめまして、君がセイリアか。私はシズク、クリスタルローズの斥候とか情報屋としてゲームでは活動をしていたよ」
「あ、ああ。名前は知っているようだし、グレースのリアルの友達みたいだな。よろしくな」
差し出された手を握ると、その小さな手からはほんのりと温かさが伝わってくる。改めて目の前の相手は、実際にいる人間と何ら変わりない存在なのだと認識させられた。
「で、こっちの女の子はアルベルトにやられそうなところを助けられたな。その節は本当に助かった」
オレの隣にいたイーヤを見ると、その表情をほころばせた。昨夜二人はレベル八十の領主相手に、かなり時間を稼いでいたらしく。イーヤも嬉しそうに両手を後ろに回してはにかんでいた。しかし、すぐにシズクの黒ずくめの姿をまじまじと眺めていると、嬉しそうにシズクに近づいていった。
「すごい、ジャパニーズニンジャなんだね! 母国の友達、ニンジャ大好きなの!」
「あっ、ああ……そうだな、私の役割は隠密活動だからな。忍者といっても差し支えないことをしているともいえる……うん」
どこか戸惑いながらも、憧れともいえるような輝かしい視線にたじろいでいるシズクの様子に、友達のグレースは笑いをこらえているのか、こちらに背を向けて体を震わせている。
「さて、今回フーリエは関わってこなかったけど、シズクちゃんとデネボラさんね? 二人が何とか見つかったわ。そこの中二病とはもうお別れね」
「グレース……まだああいったタイプの人間を嫌っているのか?」
顔には出ていなかったが、少しばかり声高になるグレースに、シズクは眉をひそめてぽつりとつぶやく。
「別にいいでしょ? 誰にでも苦手な人っているじゃないの」
「まあまあ二人とも、とりあえずクラヴィスとデネボラさん……だったか、二人はここでお別れってことで大丈夫かい?」
フーリエさんの質問に声を上げたのは意外にもデネボラだった。
「我はここで裏稼業でもして脱出の刻を待つだけだと思っていた。何なら相棒とも会えずじまいになるのではないか……己の無力さを憎んだ。この漆黒の薔薇の名が廃れていくのを感じていたさ」
オレと同じだ。デネボラも自分で何とかしたいと思っていながらも、レベルの低さから一歩を踏み出せずにいたのだろう。オレはこの旅をきっかけにして少しずつ前に進んでいることを実感しているが、きっとデネボラやクラヴィスにしてみればこれがきっかけになるのだろう。
「だが、お前たちと少しの間だが行動を共にして、本当に強いものの力というものを垣間見たんだ。だから……」
「我らも連れて行ってほしい。隣の街までなのはわかるが、少しでも前に進む力が我は欲しいんだ!」
二人の熱意ある言葉に対して明らかにグレースの表情に陰りが差し込んだ。それをすぐに察した人間がいた。
「グレース、強くなりたいというプレイヤーがいるんだ。いい加減君も意地を張らなくてもいいじゃないのか……」
シズクが横目にグレースを説得すると、彼女は苛立ちながらも冷静に言葉を返す。
「うるさいわよ! ……分かってるから、私は大丈夫だから」
どこか遠くを見るような視線は何を感じているのか、オレにはいまいちわからなかったが、彼女にも何かを抱えているのだろう。これ以上追及することはなく、クラヴィスの意見を聞こうと口を開いたとき、オレよりも先に言葉を発したのは隣にいたイーヤだった。
「グレース、なんでそんなに二人を嫌がっているの? 別に何もしてないよね?」
「あんまりこういうことは聞かない方が……」
彼女の問いかけに苦虫を嚙み潰したように表情をこわばらせる。よほどのトラウマがあったのだろう、オレはイーヤの好奇心を止めようとすると、シズクが先に割って入ってきた。
「グレースも元は同じようなタイプだったんだ」
一瞬訳が分からなかった。同じようなタイプという言葉にオレは首を傾げ、グレースはみるみるうちに顔を赤らめていく。
一番初めに気が付いたのか、「なるほど」と手を叩いたのはフーリエさんだった。
「彼女もあんな感じに闇の眷属!! とか言ってたわけだ」
「っっ!!」
当の本人にはセンシティブなことだったのだろう、唇をわなわなと震わせて何か言いたげに目を細めた。
「わかってるわよ! ただの当てつけってことくらい、でもね……あれがいかにばからしいことか気が付いたときに、本当に死んじゃいたいくらい恥ずかしくなったのよ」
なるほど、同族嫌悪だったのか。自分が同じだったという現実を目の当たりにしたくないという思いから、クラヴィスらを拒絶していたのはわかる。オレは心の中でポンと手を叩いた。
「一緒にあんな感じで遊んでた子が、『他の人が私たちってよくそんな恥ずかしいことできるね。あるはずなんてないのにね』って言ってきて、その時に気が付いたのよ。ああ、信じてきたことってこんなにも簡単に崩れてしまうんだってね」
意外にもその言葉に反応したのはフーリエさんだった。青い髪をいじってから彼は小さな声でグレースに一つ言葉をかける。
「それを感じ取ったなら、もう大きなものは失わないよ。人は大きなミスをした後、そのことを学ぶか学ばないかの二択だ。グレースはきっと前者だと思う」
「……それはあなたの体験談なの?」
「人を疑うことを知らなかったとある一人の少年の話だよ。大したことはないさ、それよりもグレース、デネボラさんはついていきたいって言ってるけどどうするんだい? おそらく君くらいが断るって見通しなんだけど……」
「はあ、わかったわよ。ついてきたければ勝手にどうぞ」
グレースからの許可もおり、デネボラ、クラヴィスらは顔を見合わせて意味ありげな笑い声を漏らす。
「ふふふ、この俺たちがいれば闇の力がお前らに救いを与えん……」
「黒の力は偉大だ! 崇め……た・て・ま・つ・れ!」
カッコつけたポージングをする癖っ毛緑髪にイラついたのか、手際よくデネボラをはったおして馬乗りになったグレースが彼女の首元に矢じりを押し付ける。その見事な手腕に暗殺スキルを持つシズクも感嘆の声とともに拍手を送った。
「調子に乗るんじゃないわよ?」
「ひいいっ!」
「乱心だ! グレースが乱心したぞ!」
次はふざけた態度のクラヴィスにターゲットを向けたグレースは、馬乗りの体勢から片手で跳ね飛んだかと思うと、鮮やかな足払いでクラヴィスの両足を宙に浮かせて床に押し倒してから心臓の真上の位置に矢じりを当てる。
「あまりイラつかせないことね」
笑顔ながらも当然その眼は笑ってなどいない。クラヴィスが無言で首を縦に振ったのを確認してから、怒りの
「グレースは結構体術系スキルも持っているんだ。ゼロ距離だからと言って甘く見ていると、私でも組み伏せられるぞ……」
「ああ、よくわかったよ……」
何なら今のやり取りにスキルなんて使っていなかった。多分グレースは現実世界でも武術の心得があるのだろう。知れば知るほど彼女の恐ろしさを学んでいくのはぞっとしない気持ちであふれる。
「さて、後は君だね……」
見事にグレースにわからされたところで、クラヴィスとデネボラは席に座り直し、フーリエさんは黒猫が擬人化したかのような【忍猫】シズクに視線を移した。目の前に置いていた緑茶の入っている湯吞みを傾け、一息ついてから天井に視線を向けた。
「私も同行させて欲しい。だが次のリリヴィオラまでにしたいのだが……」
「聞いておきたかったんだけど、君はギルドの仲間と行こうとは考えなかったのかい? 話に聞く忍猫なら、リリヴィオラまでの距離ならモンスターにもそんなにてこずらなさそうだけど?」
確かにそうだ。イーヤの話を聞くには、この街の領主だったアルベルトを一撃で屠ってしまう【暗殺】というスキルがあるらしい。そんな強力なスキルがあればモンスター相手にもそんなに苦労はしないようにも思える。
「その事は考えたし、実行にも移している。だがここにいるメンバーの女三人でしたこともない夜営をする事も視野に入れると、色々とかなり厳しいんだ。その……虫とか食事とかな……」
「わかるわ」と言わんばかりに大きくうなずくグレース。彼女も旅を始めたときに色々と不平を漏らしていたが、今となっては自作の虫対策を編み出して臆さずに野営の作業をこなしている。そのスピードはオレ二人分にも迫る勢いだ。
「このゲームの虫って大きいのよね……嫌悪感しか沸かないわよ」
グレースが体験談を語ったところで、フーリエさんはさらにシズクに質問を投げかけた。
「それなら残りの二人はどうするんだい? ギルドの仲間というし、一緒の方が人手も多くて楽だけどね」
「グレースが合流した他の仲間と情報交換する為にここに残るそうだ。私にはレナの補佐役があるからな。まだ一人で他の領地に情報収集には行けないが、近場くらいならレナのサポートにはなれる」
そういってシズクはお茶請けの白かりんとうを口に放り込んだ。小気味よいサクサクという音がオレの空腹を増進させ、腹の虫がうなりを上げ始める。
「じゃあそういう事で明日ここを発つことにするから、三人ともよろしくね」
いつものようにあっさりと話をまとめてしまったフーリエさん。そして伸びを一つしてから椅子から立ち上がる。
「ささ、僕が皆におやつでも奢ってあげるから街に繰り出そうか」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして翌日。いよいよレナがいるケットシー族、光の領地のホームタウン【リリヴィオラ】へと出発する日だ。ウォーミリルの門にはウィールズら商店街の人達が見送りに来てくれた。
「よぉ、クラヴィスだっけか? この先も頑張れよ!」
「はっ! そんな心配無用だ、貴様も嫁と共に領主代理の務めを果たせよ」
強気な返答をするクラヴィスに、ガタイの良い、竹を割ったかのような性格のウィールズは不服な顔をした。
「何だぁ?こっちはせっかく応援してやってるのによ……お前、嫁ちゃんがいなかったら、どうやって下に降りるつもりだったんだよ?」
「うぐっ……」
クラヴィスは二日前の出来事に顔をしかめた。実際に十メートルから落ちる感覚はそうそう味わえるものでもあるまい。高飛び込みのそれでもしていなければ、恐怖心を持つのなんて当然だ。
「君、あの人に負けちゃダメ!」
「おいおい、お前、どっちの味方だよ……」
ジト目でクラヴィスに檄を飛ばすウィールズの奥さんクローリア。二人をからかうその表情はどこか楽しそうなものだった。
そして、グレースとシズクもクリスタルローズの仲間との再会を喜び、そして再びの別れにしみじみとしていた。
「レナさんによろしくね」
「ここは私たちに任せて!」
メンバーの二人であるナナとチヒロの双子が、グレースとシズクに力強い言葉を贈った。
「うん!二人も頑張ってね、連絡もいつでもいいからね」
「レナは私が上手くサポートするから心配しないでくれ」
グレースはいつもの癖で髪を指に巻き付けて、シズクもやんちゃ者のようなニカッとした笑顔で返答していた。
「それじゃ、出発しようか!」
フーリエの合図と共に七人になった旅の一行は、少しずつ涼しくなりつつある十月直前となる初秋の空の下、今回の旅の最終目的地【リリヴィオラ】へとその一歩を踏み出した。
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