第四十四話『リリヴィオラ到着』

 ウォーミリル出発から二日後の午後五時。目の前には今までとは比べ物にならないほど美しい街が見えてきた。

 大きな平原にあるセレトニ川という川幅一キロ程もある大河の向こう側で、まだ街まではそれなりに距離はあるのだが、そこからでも分かるほどの荘厳さがある。


「これはなかなかに絶景だな……」


 シズクが沈みゆく夕日が照らす街並みに感嘆の言葉を漏らした。

 建物の色は光の領地らしく透き通るような白。そこに綺麗な夕日が当たることで、街全体を夕日と同じ橙色へと染め上げられ、一層の絶景を生み出している。高さも六~七階の建物がちらほらと確認でき、今までのホームタウンとは全体的に比べても、一つ格が違って見える。

 そんな絶景の街を目前にした川を船で渡る間に、グレースが現実世界での光のケットシー族について教えてくれた。


「ケットシー族は可愛らしい見た目から女の子に人気があって、全体のプレイヤー数もかなり多いほうなんだけどね、その中でも光属性は一番多いのよ。運営のサイトでは三百万人に迫るくらいって公開されていたわ」


 いつも通りに髪を指に巻き付けるスタイルで話すグレースも、街より都市という言葉が似合うリリヴィオラの様子にどこか圧倒されている様子だった。


「ここにレナがいるのか……」


 ここに閉じ込められた初日、オレはグレースの所属しているギルドのマスターをしているレナと、とあるいざこざから決闘モードで戦っている。いや、実際に戦ったなんて言えるような内容ではなかったのだが、以来オレは彼女を倒すことを目標の一つにして日々強くなるために邁進している。

 最近は魔法と剣技スキルとの両用の方向性が見えてきたが、さすがにSPに余裕がなく、実戦でも長時間は使えないし、対人戦では運用は難しいだろう。

 船の上でその解決策を練っていると、レナからスケジュールを送られていたというグレースが彼女の今日の予定を伝えてくれた。


「今はレベリングする人たちを連れて円環山脈の方まで出ているみたいで、帰ってくるのは夜の十時を過ぎるみたい。レベルもここ二ヶ月で平均で五十を越えてるみたいよ」


「ごっ、五十!? あいつ二ヶ月前は三十六だったよな? レベル高いのにオレとそこまで変わらないペースだろ?」


 いつの間にかそんなにレベルを上げていたのか……。元のレベル差が三十くらいだったろうが、現段階でもまだ三十一のオレと対して差が縮んでいない。そんなオレの驚きの言葉に対して、フーリエさんとシズクは至って冷静だった。


「まぁ、僕もその頃のレベルならそんな感じで上がってたよ」


「私もこの世界に来たときはレベル三十三だったが、外にほとんど出てなくても四十までは上がったよ。それでもあの街にはなかにモンスタ-が湧くポイントがあるから何とも言えんがな」


「えっ、ええ……」


 先輩二人の体験談にオレも言葉が出ない。自身、この二ヶ月強でレベルは三十一になったのだが、これはレベル一からのスタートを考えれば相当遅い方なのだろう。


「だがレベル五十を越えると急激に上がらなくなると聞くぞ。そこはどうなんだ?」


 クラヴィスが双眼鏡でモンスターの見張りをしながら口を動かすと、最大であるレベル八十のフーリエさんが直前のNPCの村で買っていたチュロスに似た揚げ菓子を食べながらその質問に答えた。


「そうだよ。五十までは僕も三ヶ月かけて上げたけど、そこから七十五、更に八十まで上げるのに三ヶ月ずつ、しかもプレイ時間も最初の三ヶ月よりもずっと増やしてるな」


「五だけ上げるのに三ヶ月も必要なのか? さぞかし総プレイ時間も恐ろしいのだろうな……」


 デネボラがうつ向いてぶつぶつとなにやら言っている。一瞬聞こえた「三十二」という言葉から自身がレベル八十まで上がるのに必要な時間を計算しているのだろうか?


「それは現実世界の話だよ。セイリア君だってこの旅はモンスターよりも対人戦の方が多かったんだ。レベルが大して上がらなかったのも仕方がないさ」


 レベルについての話で時間を潰しながら船に乗って三十分。川を渡り終えた後に船着き場へと降りると、そこには大きな金属製のフレームで造られた頑丈そうな扉が目に入ってきた。

 リリヴィオラを防衛する門は重装備のプレイヤーが十人規模で警備しているようで、変なプレイヤーとのいざこざを避けるためか、この街のプレイヤーが出入りする度に厳しくチェックをしているという。

 早速フーリエさんが黒い魔法帽を脱いで、先頭にいた鎧で身を固めたプレイヤーに問いかける。


「済まないが、ここがリリヴィオラかな?」


 鎧を着こむ相手の表情は分からないが、特徴的な耳からフーリエさんがウンディーネ族のプレイヤーだと判断できたようで、思わぬ訪問者にかなり面喰らっていた様子をしている。


「こんな所までどうしてウンディーネ族が?」


 慌てる番人Aの様子を見た番人BとCが加勢にやって来る。アルファベット付けしているのはあくまで同じような甲冑を着ているせいで判別がつけにくかったからだ。


「すごいな、二ヶ月でほぼマップの反対側からプレイヤーが来たのか……」


「おい、後ろにはヒューマン族もいるぞ。他のプレイヤーはこんなに早く動いているのか?」


 武器こそ構えてはいないが、かなり警戒しているようだ。別にゲームからの脱出の為に頑張る同じ仲間なのに、そこまでする必要は無いと思うのだが?

 そんな思考でオレはフーリエさんと番人のやり取りを見ていると、どうも信用されていない状況に見えたのか、グレースとシズクが前に出てくる。


「あの……ここにクリスタルローズのギルドマスターが居ると思うんですけど、私とそっちのシズクちゃんはギルドの一員なんです」


「そうだ、それと皆は旅の仲間で怪しい者ではない。できれば通してはくれないか? 自分で言うのもなんだが、そっちの弓使いと魔導士に関してはそれなりに顔は知れていると思うのだが?」


 番人A、B、Cは一斉に顔を見合わせる。後ろにいた残りの七人の番人らもその様子を見ていたのだが、手を出してくる気配は無い。


「そうだな……少し待っていろ。今日は来客があったか確認してくる。なかったらいろいろと話を聞かせてもらうが、多少の時間を取るだけだから、そんなに警戒するな」


 番人Aがここで待つように指示をした。恐らくはこの場の責任者だろうか、門番の後ろへと下がり誰かと通話を始める。グレースとシズクの二人はは神妙な面持ちでその様子を見守っていた。やはり目の前にずっと会えずにいたギルドのリーダーがいるからだろう、安心材料としては相当に大きいはずだ。


「大丈夫ですかね? なんか不穏な感じですけど……」


 オレは二人にこの場を任せて戻ってきたフーリエさんに二人が心配で様子を訊ねてみた。彼も同じ考えだったようで、困惑した様子で頭を掻いている。


「うーん、なにかあったのかな? 別に僕たちを警戒する理由なんて無いと思うし、何よりレナさんから直接話が行っててもおかしくないと思うけどね。何しろグレースさんが直接連絡をとれる状況にあるんだからね」


 そうして五分後、かなり長い時間をかけて番人Aが戻ってくるなり、金属製の兜によってくぐもった怒声でクリスタルローズの二人を指差す。


「隊長はそんな人たち知らないとレナさんから報告があったそうだ! 貴様ら嘘ついたのか!?」


 思いもやらなかった言葉にかみついたのは、栗色の髪を指に巻き付けて視線をとがらせたグレースだった。


「何言ってるのよ? だったら私から直接レナちゃんに通話したっていいのよ! そもそも私とシズクちゃんの名前をちゃんと伝えたわけ?」


「なっ、なにぃ?」


 りゆうはどうであれ、想定外のレスポンスに動揺する番人Aの声からして命令を出した相手はグレースがレナとフレンドに再びなっていることを知らなかったらしい。

 それも無理はない。このゲームに閉じ込められてからフレンドは全員解消されてしまっているのだ。プレイヤーIDはオレのものが九桁あるのだが、それたまたまレナのものを覚えているなんて予想だにできないだろう。

 それでも番人Aは引き下がるどころか、手にしていた槍を構えると、大きく声を張り上げる。


「おい正体不明のプレイヤーだ。スパイの可能性がある! 即刻追い出すぞ!」


 まさかの実力行使に出たのだ。レナの仲間である二人を何としてでも入れたくないところから、中に入れるとまずいことでもあるのだろうか?

 グレースとシズクはもちろんのこと、クラヴィスとデネボラの中二病コンビも戦闘体勢に入ったことで、一戦交えようかというような緊迫した雰囲気になったその瞬間、どこかから大きな声が飛んできた。


「スットォーップ!」


 女性の声がしたかと思えば、先頭にいたシズクと番人Aの間に一人の猫耳女性が上空から落ちてきたのだ。

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