第二十二話『偶然、そして異国のプレイヤーとの出会い』
セシリアさんの一連の話はオレも体感している。
ポーションを買い占めようとしていた有名ガールズギルドのマスター、レナとの決闘中に起こったことだ。
周囲の時間が止まったかと思うと、同じコートを着た見ず知らずの女性と会話したのだ。最後にその人が言い残したのは、自分がコートに宿った英雄だと語っている。
この話が真実ならば、あの女性はヒューマン族の英雄フレリアということになる。クロノスという人も同じことを体験したというなら、偶然というには信じがたいことだろう。
「証拠は、証拠はありますか!?」
椅子から立ち上がるオレの質問にセシリアさんは首を横に振った。
「いや、あくまで過去にゲームで見つけた情報とギルマスが体験した事が重なっただけの事だ。当然、ゲームの出来すぎた設定の可能性が遥かに高い」
その言葉を聞いて幾分かは安心した。これが事実なら正直卒倒していたかもしれないし、そんな責任を押し付けられるのはかなり気が重くなる。
「今は気にする必要は無いが、こんな状況だ……頭の片隅にでも置いといてくれると、いざって時にパニックにはなるまい」
かなり怖いお話だったが、まあゲームのストーリーと思えば納得できた。
オレにしてみれば、ぞっとしないような出来事ではあるが、いくら何でも考え過ぎだろう。
グレースも始めはひきつった顔をしていたが、今は出された緑茶を飲んでほっと一息ついている。
「セシリアも初心者を怖がらせるまねをしないで、今はこの世界から脱出する為の話し合いをしないかい?」
不機嫌なフーリエさんの提案に、セシリアさんもばつが悪そうにしていた。
「そうだな、済まないなこんなつまらん与太話に付き合わせてしまって」
「一応この話って事実なんですか?」
まだ動悸が治まらないので、安心材料を求めてとりあえず聞いてみる。するとセシリアさんも「ははは」と笑顔を見せた。
「まぁどちらも本当のことだが、そんな嘘みたいなことなんか心配しないで大丈夫さ。いくら何でもたかがゲームにここまでのことはできまい」
綺麗な女騎士の笑顔に冷えたこの場も少しは和んだ気がした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「そうか、風のホームタウンはそんな惨状だなんてな……」
オレたちがここまで旅をしてきた経緯を聞いたセシリアさんは苦い顔をした。そして何か思い出したように腕組みをしてみせる。
「デモリテというプレイヤーには心当たりがあるな」
「どんな人ですか?」
セシリアさんの言葉にグレースが反応を見せた。アレスティアではグレースは一度デモリテの部下に捕まえられている。それ故に彼女にしてみれば相当な憎き相手なのだ。
「フーリエも言っていたが、あいつは確か悪名高いPKギルドのマスターだ。他のプレイヤーからかなり嫌われていて、卑怯な手段を平気で使ってくる」
「ぴーけー?」
オレが呟いたのを聞いたグレースが察してくれて、小声で説明を入れてくれた。
「プレイヤーキルのことよ。他のプレイヤーを殺している奴らの事で、ここでは犯罪者プレイヤーとも言われるの」
「それって良いのかよ? 運営も監視とかしていたんだろ?」
「このゲームは特に禁止されてないのよ。でもプレイヤーが死ぬと課せられるペナルティーはかなり重いから、それを好んでやってる人は本当に嫌われていたわ」
「このようなゲームにはそんな悪い奴がいるのか。あっそういえば……」
また一つ学んだオレはずっと抱えていた疑問をセシリアさんに聞いてみた。
「あいつはいきなり領主宣言をしたんですが、領主って勝手になれるんですか?」
「……そうだな」
その問いに女騎士はしかめっ面をして答えた。メニューを少しばかりいじってからこちらに画面を見せると、そこには書面のようなものが示されている。
「領主になるためには執務室にある領主契約書にサインしたらなれる。しかも悪いことに契約書の設定があるんだが、最初は投票とか無しにサインするだけでなれてしまうものだった」
実際に領主になっているセシリアさんは、デモリテが勝手に領主になったカラクリへの解答を示した。
「もちろん、私はここのプレイヤー達から推薦された上で領主になっているからな。そもそも次の日には設定も、投票に基づいてなれるようになっていた。恐らくバグか何かだろうな」
セシリアさんは説明を付け加え、ちゃんと自分が正当な方法で領主になっている事を確認しておいていた。今の話で誰でも領主になれると思わせないための補足だろう。
それを聞いたグレースもそっと手を挙げる。
「領主って具体的に何ができますか?」
「他のホームタウンと交易したり、ホームタウンの拡張、管理をできる。あとは……」
次に言った言葉が恐ろしかった。
「そこに在籍しているプレイヤーを追放したり、税金を掛けたりする権限があるのを見たな。後はプレイヤーに攻撃が通るか否かとかな」
「それなら、あいつが好きなようにできるって事ですか?」
グレースがさらに投げ掛けた問いについてはセシリアさんは否定した。
「いや、確かにある程度はできてもメダルの徴収などのアイテム関連は手を出せなかった。そこはプレイヤー達が従っての事だろうな」
そこからはグレースがアレスティアで聞いたように、死んだときの苦痛を利用した拷問法でプレイヤーの精神をすり減らして、メダルを差し出すようにしたのだろう。
流石のセシリアさんもこのことには「酷いな……」と嫌悪感を示すだけでこれ以上の感想が出せずにいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
こうして、色々な情報を交換しつつ考察をして二時間が経過した。時刻も十五時を過ぎてさすがに疲れが出てきた頃だ。
「少しばかり気分転換に美味しいものでも食べに行かないか? 私がご馳走するとしよう」
「そうだね、だったらうまい店でも教えてもらおうかな?」
この街の領主から案内ついでに軽食をご馳走してくれるとのことで、オレたちは一旦外に出ることにした。
「ここはこの街でも人気の魚介類の料理屋だ。夜に来るのもいいな」
とか、
「ここは部下から聞いたパン屋だ。コルネが人気なのだが、まだ私はここで買い物をしたことが無いな」
セシリアさんが目をつけている食事処の紹介の最中に、オレはここの景観を再度観察していた。
やはりゲームとは思えないほどのリアルさだ。建物を造っている石に手を触れると、ひんやりとした石独特の冷たさを感じ取れる。
そんなリアリティーをこの身で味わいながら道を歩いていると、いつの間にか知らない場所をうろついていた。しかも皆の姿が見えない。
「おーい、どこだー?」
ちょっとした出来心で少し薄暗い裏路地に入り込んだ結果、迷ってしまったのだ。
知らない場所で迷っていたことも重なって、心の中には言いようもできない不安に駆られていた。
「うう、大通りに出られる道も分からないぞ……」
マップを見ても思いの外入り組んでいる路地裏に悪戦苦闘していると、ランプの灯りが漏れ、中から声が聞こえる一軒の家を見つけた。
「何話しているんだろ?」
中学二年生のオレには日本語では無いことくらいは分かったが、結局そこまでしか理解出来ない。
それでも諦めずにどこの国の言葉かくらいは掴んでからグレースとフーリエさんに報告しよう。そう決意して中から聞こえる言葉に神経を注ぐ。
だが、そのせいでオレはあるミスを犯してしまった。
「ふぎゃっ!?」
しゃがんでいた位置が悪いことに、ドアが開くと丁度ぶつかってしまう場所に居たのだ。
思いきり後頭部を木製のドアに叩き付けられても痛くはないが、芯に響くような衝撃に悶絶していると、後ろから騒ぐ声が立ち始めている。どうやら中の人に見つかってしまったようだ。
「うえっ、こんなとこ見つかったら盗み見してたと誤解されるぞ……」
実際盗み聞きしていたのだが……。そして中から出てきたのは一人の少女だった。現実の顔をモデリングして作られたアバターとは思えないほどの整った顔だ。
なぜかオレを見た少女は怒るどころか何故か笑顔になると、何か話しながら家を指差している。家に連れていこうとしているのか?
何が目的か訊きたくても、少女の言葉はオレは理解できないもので、身ぶり手ぶりを織り混ぜるも意思の疎通まではたどりつけなかった。
――どうしてオレなんかを……?
どこか異国の言葉を話す少女によって、オレは断る手段を見つけられないまま家に連れ込まれたのだった。
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