プレミアムフライデー。

眞壁 暁大

第1話

 朝目覚めるのが苦痛になったのはいつだったか、もう覚えていない。

 何度繰り返したかを数えるのもやめてしまった。今さら人に尋ねるのも無駄だった。

「今日って何日目でしたっけ?」

 以前はそうした挨拶が定番になって話題を広げたこともあったが、アレもいったいどれくらい前のことやら。先に進めないだけで、これほど時間の感覚が曖昧になるとは新たな発見だった。


 理由は分からない。

 ただ、ある日を境に時間は先に進むのをやめてしまった。

 より精密な定義を用いればこれは正しい言い方ではないらしいが、すくなくともふだん生きる上では、時間は前には進まない。少なくとも、今日より先に日付が進むことはなくなった。


「おはようございます。本日は金曜日です」

 惰性で見ている朝のニュース。キャスターが今日も心底めんどくさそうに喋っている。

「今日のクレームは、「なんで今日が何日めか伝えないのか」です。たくさんの方から頂いておりますが、以前「今日が何日めとか言うな、気が滅入る」ってクレームつけてきた人もいっぱい混じってるんですよね。ちょっと言ってる意味が分からないです。自分が出した要望くらい覚えておいてください。そういうわけで「今日が何日めか伝えないのはお客様自身の要望です」ということでこのクレームは受け付けられません。ではニュースに参ります――」

 TVが実に自然に視聴者にケンカ売るようになったのも今ではたいしたことではない。

 どうせ騒動が拡大することはないのだ。

 それぞれの人間が「今日行うこと」そのものはどうにかして残しておくことができるのだが、それを「伝える」ということは出来なくなっている。くり返される今日について、ノートに日記を書くことも出来る。パソコンなりスマホなりにちょっとしたテキストを残しておくことだってできる。だが、それをWEBに公開するということができない。出来ない事もないが、公開したところで今日が終わり、次の今日がはじまる頃にはきれいさっぱり消えている。刹那で消えるにも拘らず、SNSは今日も元気に稼働中だが、それは予定されたイベントをこなしているだけでしかない。

 手元のスマホを操作してSNSを覗いてみる。たった今のニュースキャスターの発言に憤る人々がTLに溢れかえっているが、この瞬間に憤っているだけ。過去の失言を漁ろうにも彼は「今日」初めて失言したのだ。見つかるはずがない。

 じっさいには毎日繰り返される「今日」の中でちょくちょく失言しているのを俺は記憶している。たぶんTLの人々も知っているだろう。だがそれに触れると表示されないから、みな黙っている。


 TVを消すと俺は外に出た。

 殺風景な街だった。

 今日が繰り返されるようになってからしばらくの間は、頻繁に強盗殺人が起こっていた。

 殺されたところで次の「今日」には生き返っているし、盗まれたところで同じく次の今日には盗まれたカネは懐に戻っているのだから、たいして気にすることでもないだろうと思うが、実際に被害を得た人間は違う感想を持つようで、街中の人通りは絶えて久しい。

 どの商店も開店していておかしくない時間なのに、被害を記憶しているせいでシャッターを下ろしている。

 営業しないと売り上げが、ということも心配する必要はない。売り上げも損失も「今日」の終りにはリセットだから、無理に開ける必要もない。

 そんな中で営業している数少ないコンビニに入る。


「邪魔するよ」

「ぃーす」

 やる気のない店員に声をかけて、雑に陳列された棚からサンドイッチを取り出す。賞味期限は今日の午前5時。少し過ぎているがどうということはない。

「さいきんはパンも来なくなったのか」

「なんかもう止めるってさ。弁当屋は気が向いたら工場動かすかもって言ってたけどね」

「コンビニも緩くなったもんだな」

「聞いてないの? 自棄になったどっかの店長たちが本部乗り込んで社長から何から全部殺したんだぜ」

「そんなことがあったのか」

「まあどうせ「今日」になったら生き返ってるから大したことじゃないけど、それで怖くなったのか、キツイこと言わなくなってる」

「ぜんぶ「今日」で成績処理するように組み替えたから手が抜けない、ってのも今じゃ無効か」

「まあね。やることないから店開けてるだけで、俺もそのうち止めるかも……あ、ちょっと待って」

 スマホをかざして決済しようとした俺を店員が止める。

「その端末も稼働止めてる。現金払いして」

「マジかよ。小銭もってきてねえ」

「じゃあこれ使って」

 店員はレジ下から小銭の詰まった箱を取り出す。

「客が要らねえ、って置いてった釣りだから。適当にレジ通すのには使えるよ」

「すげえなこれ。……これも日跨ぎできないのか?」

「あったり前だろ。0時過ぎたらスッカラカンだよ」


 正午近い街にはクルマもヒトもまばらだった。駅に向かう。

 かろうじて動いている電車。

 一度だけ、今日一日でどこまで行けるか試したことがある。

 最北端まであともう少し、というところで0時になって、気づけば自宅の台所に立っていた。

 どうやら最初の「今日」の0時に居た場所に、自動的に引き戻されるらしい。カラクリは判然としないがそういう風になっていると分かっただけで十分だった。以来出掛ける先は日帰りできる場所にしている。強引な引き戻しは体に負担を強いるようで、明けた「今日」は2、3日ほどとにかく体がしんどくてずっと寝ていたから、もう二度と試すことはないだろう。

 券売機で切符を買おうとして、動いていないので駅員と会話する。

「券売機は故障かい?」

「業者さんがもう畳むってことで、整備できないんですよ。申し訳ありません」

「そうか」

 コンビニで貰った小銭で切符を買う。この先も決済できないと困るので釣りはきっちり貰った。


 窓の外をゆっくり流れる街並みもどこか、精彩を欠いていた。

 遠く聳えているクレーンのいずれもが止まっている。

 今日積み上げた鉄筋なりコンクリなりが、明けての「今日」の朝には消えてなくなっているのだから、バカバカしくてやってられないのだろう。

 車内に視線を戻す。俺以外に客は乗っていない。

 プラプラ揺れる吊革を何となく見上げながら「これからなにしようか」ぼんやり考える。


 ぼんやりしているうちに会社についた。

 なんとなく出勤してしまう。大幅に遅刻だけど。

 守衛室に声をかけようとして誰もいないのに気づいた。ついに来なくなったのか。前からそろそろ休むとは言っていたし、不思議ではないが、少しだけ寂しい気がした。

 エレベーターホールまで入ったところで、なんとなく予感がして諦め、階段に切り替えた。

 

「おはようございます」

「おはよう。早くはないがな」

「先輩今日も来てたんですね」

「他にやることがない」

「たしかに」

 いつも来ている先輩が居た。「今日」が来るまでは少し苦手だった人だ。仕事のプレッシャーが無くなるとそんなに悪い人じゃないと思う。

 来ても仕事はない。

 今はもう出勤するのをやめた部長が「今日」がはじまってから一月めくらいに、すべての商談相手に三下り半を叩きつけたからだ。納期を守れない取引相手も、無茶な納期を言ってくる取引相手も、全部切れ!! という社長の一声に従った結果だった。とばっちりで切られた相手も何社かいたと思うが、俺は普段無理で、かつケチくさい金額で依頼してくる相手に慇懃無礼に取引停止を宣告できたのが気分がよかった(もっとも、いつもの気に食わない担当者ではなかったのが少し残念だったし、向こうも「そろそろやめようと思ってたんですよ」とやけにうれしげだったのが少し引っかかったが)。

 それでもここにくるのは、他にすることもないし、他に居場所もないからだろう。


「先輩は今日どうやってきました?」

「チャリできた」

「じゃあ知らないっすね。JRもうカード使えないですよ」

「へぇ。〇急つかえないからチャリにしたんだよ俺。JRも時間の問題だと思ってた」

「この先どうなるんですかねぇ」

「どうなるんだろうねえ」

 この後二人で駄弁っていたらもう一人、居場所のないのがやってきた。


「あらためて思うんだが」

 いちばん年長の先輩は言う。

「わざわざ今日にここに集まるお前らも、俺もそうとう暇人じゃないか」

「それ、来るたびに思いますよ。家にいるときはそこまで意識しないんですけど」

「なんで俺、会社来てるんでしょう」

「やっぱ意識してないだけで俺ら、寂しかったりするんかなぁ?」

「いい年したオッさん3人が、ですか。キモいっすなぁ」

「俺まだ30ですよ」

「30はオッさんだよ。あと40ともなれば立派な初老だ」

「それホントかよ。初めて知った。還暦とかその辺とか思ってた」

 他愛もない会話だが、独りでいるよりは気がまぎれたのは間違いなかった。


 日が暮れるとそろって退社する。居場所のないもの同士とはいえ、つるんでこれから飲みに行こう、となるほどの間柄ではなかった。

 周りのビルからも、ちらほらと出てくる人々が疎らに見える。

 まだ今日のあとには明日がやってきたころとは比べ物にならない数だが、それでもまだ人がいた。

 

 帰りの道すがら、ポツンと開いていた居酒屋が「プレミヤムフライデー」の看板を掲げている。

 少しだけ立ち止まり、少し悩んだ後、通りすぎる。

 明けての「今日」ももし営業していたならば、ここに入ってみよう。


 小さすぎる予定だが、くり返される「今日」の中ではこの些細な予定を立てられるのが大きな幸せであった。


 目覚めた時に「予定がある」と感じられるのは、とても、幸せなことだ。

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