ブラッディ・ベレッタ〔take2〕

岩井喬

第1話【プロローグ】

 ベレッタ92。イタリアの銃器メーカー、ベレッタ社製のオートマチック拳銃。装弾数十五発。弾丸は9×19ミリパラベラム弾。米軍を筆頭に、世界中の軍や警察、そしてその関連組織に正式採用されている、非常にありふれた小火器である。


 問題は三つ。

 まず、一つ目。どうして僕が、人殺しの道具に対してこれほどの知識を有しているのか。虫も殺せなかったほどの、小心者の僕が。理由は単純で、今まさにその力を借りねばならない状況にあるからだ。

 二月も終わりだというのに、吹きすさぶ風は雪をまとい、ジャケット越しにでも僕の体温を奪っていく。そのかじかんだ手先に、僕はベレッタを握りしめている。


 次に、二つ目。ここ日本は、非銃社会である。にも関わらず、ベレッタのように『ありふれた』火器がここには溢れ返っているのは何故か。いや、溢れ返っているとまでは言うまい。『この組織』の資金も潤沢ではないのだ。

 だが、周囲を見れば自動小銃やショットガンのような大型の携行火器も見受けられる。


 最後に、三つ目。それはまさに、僕が『怒り』という悪しき感情、『暴力』という罰せられるべき行為に魅せられてしまっているのは何故か、ということ。

 これは、そうなるべくしてなってしまった、運命というか宿命のようなものだと考えざるを得ない。『まだ他に道があったのではないか』などと考えてしまっては、とても自我が保てなくなる。


 元々、銃を使う、他者を殺傷するという行為は、僕、塚島優翔ではなく、唯一の肉親である妹の優海の領分だったはずだ。だが、この一ヶ月で、僕の全てが変わった。

 自分の胸中に去来する暴力性を容認するようになった。具体的には、拳銃の使い方を覚えた。つまり、人殺しの手段を習得したのだ。


 こんなこと、許されるはずがない。しかし、どうしようもなかった。僕は一ヶ月前から、いや、もしかしたらその遥か以前から、『暴力』という魔物に見初められていたのかもしれない。

 逆か。僕が、『暴力』が自分の人生に捻じ込まれてくるのを座して見ていただけだった、と言った方が正しいのかも。


 いずれにせよ、僕たちは成長していた、ということは言えると思う。自分の頭を銃弾が掠めた瞬間、このような雑念を振り払えるほどには。ちょうど、今のように。


「優海、そのまま撃ち続けろ! 優翔はコンテナを挟んで反対側へ向かえ! 挟撃するぞ!」


 優海が『了解!』と叫ぶのを聞いて、僕も復唱する。今ここで指揮を執っているのは、大代麻実という若い女性。若いといっても、僕よりは五歳、優海よりは八歳ほど年上だ。


 僕が駆け出した瞬間、コンテナの反対側で、銃声が轟いた。パン、パンという発砲音と共に、コンテナに当たった銃弾が跳ねる高い音が弾ける。急がなければ。

 僕の相棒、バディである須々木武人は、自動小銃を手にしたまま、コンテナに掛けられた梯子を登り始めた。小声で僕に、『援護しろ!』と告げる。


 数秒の後、鈍い打撃音と怒声が響いた。僕もまた梯子を登り、コンテナから顔を出す。そこでは、武人が敵である男と殴り合いをしていた。しかし、きっと最初の一撃は武人の方から加えられたのだろう、敵の足元はふらつき、額から血を流している。

 以前ならすぐに目を逸らしたであろう光景だが、今の僕にはどうということもない。上半身だけをコンテナの上に出し、ベレッタを構える。そして、敵が武人から離れた瞬間を狙い、発砲した。


 狙いすました、一発の弾丸。それは見事に敵の腹部にめり込み、皮膚と筋肉を突き破って胃袋を貫通、背骨にも損傷を与えて、背後から抜けた。今日一発目の発砲としては、我ながら悪くなかったと思う。

 敵はバランスを崩し、そのままコンテナの向こう側へ落ちていった。


 武人は一瞬、こちらを振り返り、親指を立ててみせた。それからコンテナに腹這いになり、


「くたばれ、畜生!」


 と叫びながら、コンテナの下に展開した敵の部隊に対して弾雨を浴びせ始めた。

 僕もまた、梯子から足を上げて、身を低くしたまま匍匐前進。そっと顔を覗かせる。すると、武人の援護もあってか、このコンテナと向かいのクレーンの間には、血の海が広がっていた。


「今だ! 撤収する!」


 麻実の声が響き渡り、僕たちは素早く梯子を下りて、所定の位置へと駆け戻った。

 しかし、ここまで警察や機動隊が攻め込んでくるとは。後で麻実に、アジトの変更を提案しなければなるまい。今月で二回目になるが、警察の捜査の手が及ぶ前に、どうにかしなければ。


 こんな日々があとどれくらい続くのか。その日々とやらが終わった時、自分は生きているのか死んでいるのか。そんなことを考えかけたが、これもまた雑念だ。考える時間はあといくらでもある。

 僕は自動小銃を肩に掛け直した武人の背中を追って、優海たちに合流を試みた。

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