あなたに贈る私の望み
影宮
スノードロップ
「この花の意味はね、『逆境の中の希望』なんだよ。ちょっとカッコイイよね。」
笑顔で親友は教えてくれた。
でも、私には花言葉なんて興味が無くて「ふぅん。」とだけ返した。
花なんて枯れてしまうし、お世話するのも面倒じゃない?
造花も作り物、偽物だし、そもそも花なんてものに魅力を感じない。
「あげる。」
「ありがと。」
でも、受け取らないわけにはいかないよね。
親友からの贈り物だもん。
この頃の私は『親友』というモノが造花のようなものだったのだと、気付かなかった。
そして、スノードロップという花の花言葉にはそんな綺麗な意味ばかりじゃないということも、知らなかった。
花は咲いて枯れていくもの。
造花はそれを真似て咲き続けて捨てられるもの。
そうとしか見ていなかったし、そうであることが当たり前で、それ以外の表し方にも興味が無かった。
花に花言葉があって、それが何の役に立つかなんて考えてもみなかった。
この日記帳の最後のページを埋めるには、多分、お似合いな話だと思う。
親友だった彼女が望んでいたモノが、あの瞬間にわかっていたら、受け取らなかったと思う。
彼女がこの花言葉を知らなかったなんてことは無い。
スノードロップを贈られた一週間後。
私は学校でいじめにあった。
何処かで聞いたいじめの話は、話の中でしかなかった。
けれど、確かにこれは話の中だけで完結してはいなかった。
ありがちな事から始まった、いじめを私は侮っていた。
机の上の暴言も、物を隠されることも、私は平気だった。
こんなもんか、なんて思うくらいに。
自殺するほどじゃないじゃないか、って笑ってた。
親友だった彼女にも、いじめについて話してスノードロップの絵を描いて私にくれた。
「『逆境の中の希望』だよ。」
そう元気付けてくれた。
それから一週間後、いじめは加速した。
倉庫に閉じ込められたり、暴力だってあった。
それでも、私は親友の花言葉に縋って平気だって言い張った。
倉庫の窓から逃げ出せたし、暴力だって逃げ出す方法を考えていた。
辛くなってくると、親友だった彼女に吐き出す。
するとまたスノードロップをくれる。
そしてお決まりの魔法の言葉みたいに言うの。
『逆境の中の希望』だって。
スノードロップ、スノードロップ。
親友だった彼女が、スノードロップが好きなんだと思ってた。
私も信じて好きだと言った。
スノードロップを贈られてまた一週間後。
いじめは加速する。
ネットで個人情報の公開と、悪口。
そして、先生までグルになった。
私は親友に泣き付いた。
またスノードロップ。
『逆境の中の希望』。
それだけを贈ってくれる親友に、何度元気づけられたんだろう。
カッコよくて、綺麗な花言葉。
スノードロップを贈られてまた一週間後。
いじめのリーダーが誰なのか探し始めた。
あの子だろうか?
その子だろうか?
結局、誰がリーダーなのかも、定まらないまま、いじめは続いた。
親友を頼って吐き出せば、必ず笑顔でスノードロップ、花言葉。
それだけでも、私の救いだった。
贈られてから一週間後、いじめは進化する。
私が平気だと思うような事はパタリと止んで、今度は私が傷付く事を集中的にやるようになった。
私はそれでも、耐えた。
親友のスノードロップだけが命綱だった。
その笑顔と花言葉、スノードロップを受け取る為に親友だった彼女に吐き出した。
泣きながら、話した。
スノードロップが贈られて一週間後。
いじめは終盤に迫る。
いじめのリーダーが、親友だった彼女だということを知った。
この瞬間、全てが崩れ落ちる感覚に陥る。
私は、私は玩具?
いたぶっては笑顔で花言葉を贈ることを繰り返していた親友だった彼女の、気が知れない。
怖くなって、親友だった彼女の元には行けなかった。
けれど、親友だった彼女は自らスノードロップを持って笑顔で私の前へ訪れた。
そして、スノードロップを差し出した。
私は受け取らないでそれを叩き落とした。
思いの丈を叫んで、「どうして?どうして!?」と繰り返した。
親友だった彼女の口から最初に出た音が、舌打ちだった。
笑顔は作り物、造花だった。
それから、親友だった彼女とは顔を合わせていない。
学校を辞めて、自室に引き篭る。
スノードロップの花言葉を調べてみた。
理由なんて無かったけれど、私は意味を知った瞬間、恐怖を覚えた。
スノードロップの花言葉は、贈らない時は『逆境の中の希望』。
相手に贈る時は……。
『あなたの死を望みます』
最初から親友だった彼女から望まれていたモノ。
親友だった彼女から贈られた意味。
笑顔で『死んで欲しい』と言われ続けていたんだと、今更知った。
自殺願望が増幅して、カッターナイフで手首を切ることしか出来なかった。
死のうとしても勇気が出なかった。
花言葉を知った時、吐き気がした。
そして、勇気なんかどうでもよくなって、死んでやろうなんて思った。
そうとしか、頭は働かなかった。
部屋に残っていたスノードロップは全て捨てた。
全て、親友だった彼女から贈られた花だったから。
捨ててやった。
親友だった彼女の望みを捨ててやった。
それでも、収まらなかった。
怖かった。
とてつもなく恐ろしかった。
今思い返せば、親友だった彼女が私にスノードロップを贈ったのは、これが初めてじゃない。
いつから?
私が、親友だった彼女を『親友』だと口にした時も、親友だった彼女はスノードロップを私に贈った。
それを受け取って喜んだ記憶が、綺麗な記憶が、全て憎たらしい。
その時、親友だった彼女は花言葉を教えてはくれなかった。
親友だった彼女は、花言葉を利用して、こんなにも恐ろしい望みを私に贈り続けてきたんだ。
『死ね』と、真っ向から言われるよりもこんな重い伝え方はない。
昔からずっと本気で『死ね』と言われ続けていた。
それに気付かなかったんだ。
花言葉に興味がない私が、知らないことをいい事に、そう言うことを楽しんでたんじゃないか。
『死ね』と言われて喜んでいる無知を面白がっていたんじゃないか。
最初から、ずっと。
『死ね』なんて誰でも軽く言う言葉だ。
もし、親友だった彼女に『死ね』と言われても冗談だって思っていたと思う。
麻痺した意味の重みを、遠回りに敢えて伝えることで、親友だった彼女は私がそれに気付いた時にでも、自ら死ぬことを思うほどに意味の重みに気付くと計算でもしてたんだって思うくらいに頭が良い。
スノードロップという花が大嫌いになった。
花言葉が持っておくのと贈るのとでは恐ろしいくらいに変わるのを、知らなかった。
花なんて、と思っていた。
花さえ侮っていた。
花一つで何でも伝えられる。
花言葉さえ知らないなら親友だった彼女みたいに笑顔で『死ね』なんて言える。
花なんて、大嫌いだ。
花言葉なんて無くていい。
所詮、『親友』なんて『友人』なんて、思い込みに過ぎないんだ。
花言葉だって、たった一つの綺麗事だと思い込んでいれば、そんなんじゃなかった。
そのつもりでいても、向こうはそうじゃない。
意味を知ってやっと気付いた。
何も知らない、知ろうとしないままだったらそれはそれで幸せだったかもしれないけれど、知っておかなきゃいけないことだってあったんだろうな。
花一つ知らなかった。
何一つ知らなかった。
興味が無いってだけで知らないままを突き通せば、自分にいざぶつけられた時なんかどうしようもない。
それだけじゃない。
知らないことによって、思い込みで花を贈れば、誰かが傷付いたかもしれない。
『逆境の中の希望』だと思い込んでもし、『あなたの死を望みます』だなんて贈っていたら?
もう、日記帳の行数も僅かになった。
もし、これ読んでるあなたが親友だった彼女だったなら、私の日記帳を贈る。
スノードロップいっぱいの日記帳を。
私もね、『あなたの死を望みます』。
今までありがとう。
あなたが望んだ通り、私は、死にます。
もう、耐えられません。
私はまた知らないまま。
知らないまま死ぬ。
もう、知りたくない。
あなたのことも、花言葉も。
あなたに贈る私の望み 影宮 @yagami_kagemiya
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