力への覚醒~僕は彼女を守る為、人間をやめる~

タカナシ

覚醒

 今日みたいに漆黒の闇の中、煌々と紅い月が出る日は、僕は決まって悪魔に襲われる。

 そして、今日も塾の帰りに夜道を歩いていると、いつの間にか見知らぬ道へ誘われていた。


「ま、また……」


 僕は恐怖から独り言を上げる。

 それからの行動は迅速だ。

 悪魔に出会ったとき、邪魔になりにくい場所を探して全力疾走する。


 本来なら、この場所から逃げようとするかもしれない。けれど、僕は今までの経験から、この場所から逃げられないことを知っている。だから――


「ハァ、ハァ、ハァ!」


 すぐに息が上がるが、目標としていた場所には出られた。

 そのとき、まるで追いかけっこは終わりだといった風に、僕の上に影が落ちる。


「あ、悪魔……」


 今日の悪魔は、山羊頭に蝙蝠の羽。バフォメットと呼ばれる悪魔に似ている。

 その山羊頭の悪魔はまるで皿の上に乗ったステーキを見るかのような目で僕を見ながら舌なめずりする。


 指をフォークのように突きたて、僕に襲い掛かる。

 僕は思わず恐怖で尻餅をつく。


「は~い! そこまでっ!」


 ピシシッ!


 僕の顔に悪魔の血液が降りかかるのと同時に、悪魔の腕が切り飛ばされた。

 ボトリと確かな質量を持って僕の目の前に腕が落ちる。


「ガァァアアアッ!!」


 悪魔は腕を切られた痛みから咆哮を上げる。


「はいはい。うるさい。うるさい」


 僕の目の前には、黒髪に黒セーラー、漆黒の刀剣を携えた美少女が耳に指を突っ込みながら、僕の方を振り返る。


「あんた、何? また腰抜かしてるの? もう7回目よ? いい加減慣れたら?」


「こ、こんなの慣れないよっ!」


「ま、いいわ。アタシがいつも通りあんたを守ってあげる」


 黒髪の美少女は刀を構え、悪魔を見据える。


「ガ、ガガガ、キサマ、ガーディアンか?」


 悪魔は男だか女だかわからない声音で声を上げた。


「話せる悪魔!? まずいわね。上位種みたいね」


 悪魔はニヤリと笑みを浮かべると、見る間に腕が生えてくる。


「あんた、早く、ここから逃げなさい!」


「キミは?」


「アタシはいいから早くしろって言ってんだろ!!」


 その瞬間、彼女に悪魔の爪が襲い掛かる。


「くぅぅっ!」


 なんとか刀でガードしたが、黒髪美少女は遠くへ吹き飛ばされる。


「ニガさん! キサマは黄金の血の持ち主! ソレをノメば、オレサマはさらに上位のソンザイになれる!」


 僕の体に流れる血液は、黄金の血と呼ばれ、1億人に1人の割合で存在する奇跡的な体質なのだ。


「させないっ!!」


 いつの間にか戻ってきた黒髪の少女は悪魔の羽を斬りつける。

 それはまるで、本当の蝙蝠の羽のように刀で簡単に切り落とされた。


 が、しかし、先ほどの腕と同じで、すぐに生え変わる!


「バケモノめッ!!」


 少女が忌々しげに呟くのと同時に、悪魔の腕が黒髪少女に向かって振られた。

 刀を振り下ろした直後の攻撃。彼女は防御もとれず、メキメキッと音を立てて、今度はアスファルトの地面へと叩きつけられた。


「ガハッ!!」


 真っ黒な制服に真紅の血液を吐き出す。


「フム。マダ生きているのか。ガーディアンは特殊なチカラをモツという。コレモその一端か」


「さぁね。殺してみればわかるんじゃないか? まぁ、アタシを殺せればだけどね」


 刀を杖のようにして、よろよろと立ち上がる。


「お、おい。もう止めろよ! なんで僕の為に! 僕はキミの名前すら知らない。そんな通りすがりと同じ程度の相手の為に、なんで命を張れるんだよッ!」


 僕は思わず叫ぶ。

 もちろん、彼女は悪魔をパワーアップさせない為に命を張っているのだろうが、それでも彼女に逃げてもらう為に、そんなことをのたまう。


「アタシの名前はアン。暗いって書いて暗だ。さて、これで命を張ってもいいだろ!」


 アンはニヤリと余裕を見せる笑みを浮かべる。


「僕の名前は――」


「ああ、メイだろ。明るいで明。護衛対象の名前くらい知ってるさ」


「なら、僕だって命を張っていいんだね!」


 そう言うと、僕は斬り飛ばされた悪魔の腕を拾った。

 そして――


「おい! お前何して」


 僕は、その腕にかぶりついた!

 以前アンが言っていた。ガーディアンは悪魔の肉をその身に取り込み生き残った者が為ったと。そして、超常の力を得るという事を!!


「それは、半分悪魔になるという事! 人間をやめるということだぞッ!」


「覚悟の上だよ! 僕は、僕は人間をやめる!! ぐ、ぐぐ、アァ、ガアァァァァッッ!!!!」


 肉を食べた僕は、まるで体全身が焼かれるような痛みに襲われる。

 そして、そのまま地面へと倒れ込んだ。


「フム、殺すテマが省けたな。愚かなニンゲンよ」


 悪魔の声がすぐ近くで聞こえる気がした。

 アンの荒い息遣い、心臓の鼓動まで聞こえる。

 どうなったんだ。僕の体は。

 ただ1つハッキリしていることは、僕は生きているということだ。


 生きているなら、動かなくちゃ。彼女を守らなくちゃ!

 今まで守ってくれた彼女をアンを守らなくちゃ!!


 僕は立ち上がった。

 先ほどまでの痛みはなく、実に晴れ晴れとした気分だった。


「なにか、なにかが僕の中で目覚めたのが分かる。最高の何かが目覚めた」


 そう、大事なものを守れる最高の能力。


 なんとなくで力を理解した僕はアスファルトの地面を思いっきり蹴ると、一瞬で悪魔の前へ現れる。


「見えたか? 見えていないなら、いいよ」


 僕は拳を振るうと、悪魔の胴体に穴が開く。


「ナ、ナニィィィ!!!!」


 いまの一瞬で、僕の足と腕の筋はズタズタになっていた。けれど、そのダメージは見る間に治り、すでに痛みは欠片もない。

 自分の状況を客観的に見て、新たに目覚めた最高の能力を考察するに、僕が得た能力は人間の力を100パーセント余すことなく使えるというものだ。

 人間の限界の聴力や視力、普段はリミッターがかかり、1部しか使っていないとされる筋力。それから回復力もだ。全てが100パーセント。

 人間ではなくなった僕なのに、人間の力を行使する。


 僕はうろたえる悪魔に向かってさらに何度も拳を打ちつけた。


「おおおおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!!」


 穴だらけになった悪魔の中心に紅く光る結晶が見えた。

 刹那、核だと判断した僕は、最大の威力を発揮できる、回し蹴りでその核を粉砕した。


「お、おおおおお……」


 次第に悪魔の体は霧散していき、完全に消えた頃、僕はいつもの街へと戻っていた。


「はぁ~、アタシがなんの為に今まで頑張ったと」


 アンはそう言いながら、僕の方へと、いつの間にかピンピンして歩いてきた。


「え? なんで?」


「アタシの能力は超回復なんだよ。だから永遠に時間稼ぎくらいは出来たのに」


 アンは肩をすくめた。


「護衛対象に平穏な生活を遅らせるのがガーディアンの役目だってのに。こうなった以上、あんたにもガーディアンとして頑張ってもらうぜ」


 最高の能力に目覚めた僕の闘いはどうやら、まだまだ続くようだ。

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力への覚醒~僕は彼女を守る為、人間をやめる~ タカナシ @takanashi30

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