夢の中に会いに行く

たちばな立花

第1話

「夢の中に会いに行く」


 彼は私に約束をして死地へと向かった。隣国との戦が始まったのだ。


 騎士である彼は問答無用で駆り出された。嫌だと泣きじゃくる私にした約束は、「夢の中に会いに行く」たったそれだけだ。


 決して帰ってくるとは言わなかった。


 それが彼らしいと言えば、彼らしい。


 だから、私は今日も夢の中を歩く。


 今日の夢は彼と一緒に行った庭園が舞台だ。誰もいない代わりに、綺麗な花が咲いている。二人で行った時も、同じように華やかだったと思う。


「綺麗ね」


 隣を見上げても誰もいない。青い空に鳥が羽ばたいているだけ。


 彼は嘘つきだ。もう三百六十五回は嘘をついている。便りがないのは元気な証拠というけれど、夢の中くらい来てくれても良いと思うの。


 結局、今日も私は一人でこの広い庭園を散歩している。


 彼が一つ摘んで私の髪さした花。同じ様に摘んで自らさした。


「似合う?」


 やっぱり見上げても、誰もいない。「似合う」って言いに来てよ。はやく来てくれないと、あなたの優しい笑顔も忘れてしまいそうなの。


 彼と歩くと、いつも右側だけが暖かくなる。右を見上げる癖は一年経っても治らない。夢の中どころか、現実でもやっちゃうんだから。


 だから、はやく私の右隣に来て。とっても寒いの。


 彼と並んで座った椅子に腰かけて、一緒に見た池を眺める。


 私はやっぱり左に寄って彼の場所を空けた。そうすれば、彼が現れてくれると思ったからだ。


 一度で良いのよ。ただ座っているだけで良い。声なんて出さなくても大丈夫。ただ、顔を見せて欲しいだけなの。


 嘘。


 声が聞きたい。笑顔が見たい。触れたい。


 抱きしめて欲しい。


 彼はとっても奥手で、手を繋いだのもキスをするのも私からだった。夢の中も待っているだけじゃ来てくれないのかしら。


 しょうがない人。


 彼が家を出た最初の夜。寂しかった。でも、夢の中で会えると期待して、早く目を閉じた。けど、結局彼は一年経った今も、一度も現れない。


 たった一つの約束も守ってくれない人。


 とっても優しくて酷い人。


 結局今日も、彼は現れなかった。あと何日繰り返したら、諦められるだろうか。







 朝日が瞼の奥を射す。彼との思い出の場所は霞みの如く消えていった。


 まどろみの時間は嫌いではない。


 けど、その後にくる、今日も会えなかったという寂しい思いはあまり好きではなかった。


「おはよう」

「……え?」


 声がした。それは聞こえるはずのないものだった。だって、私は今一人で暮らしているのだから。


 目をこじ開けると、ぼんやりと乱れた薄茶色の髪が目に入った。随分と伸びた髪。ひげは似合わないと言っていたのに伸びっぱなしだ。


「なんで……?」

「なんでって……酷いな」


 彼はここにいる筈がない。だって、まだ戦は終わっていないのだから。最近、若い男がどんどん駆り出されていると聞く。騎士である彼が帰れる訳がない。


 けど、理由はすぐに分かった。


 彼には左腕が無かった。


「ごめん、仕事を無くした」

「そんなのっ! そんなの構わないよ」


 折角一年ぶりに会えたのに、彼が涙の海に沈んでいく。残った右腕で彼が私の頭を撫でてくれた。


 私のよりも大きな手。ごつごつした騎士の手だ。


 私は居ても立っても居られなくて、彼の胸に飛び込んだ。


「嘘つき」

「……俺、何か嘘をついたか?」

「夢の中に一度も来てくれなかった……」


 ずっと待っていたのだ。


「ごめん」

「会いたくて、毎日沢山寝たわ」

「良かった。たくさん眠れて」

「良くない。一度も来なかったもの」

「ごめん。許して欲しい」


「……いいよ。その代わり、これからは毎日『おはよう』って言って」


 目覚めて彼がいる。それが何よりの幸せなのだから。


 彼は小さく頷くと、右腕で私を抱きしめた。



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