考え抜いた復讐

秋瀬田 多見

復讐の方法

 復讐をしたいと思ったことはあるか?


 僕はある。


 小学生の頃、苛められていた。無視なら軽い方だった。殴られることも日常茶飯事だ。学校側は問題にしたくないのか、見て見ぬ振り。誰も味方はいなかった。


 中学生になってもそれは続いた。僕を苛めるメンバーは増え、過激になった。水を賭けられたり、物を隠されたり、金銭を要求されたりした。煙草を吸っていた犯人に仕立て上げられたこともある。


 高校で受験したおかげで、僕を苛めていたメンバーとは離れた。学校では友達はいなかったが、それなりに平穏な生活を送れた。それなのに、あいつらは放課後にわざわざ僕に会いに来た。警察が絡む暴力沙汰にまで巻き込まれた。


 そのせいで、高校内でも問題児として先生に認識された。大学への推薦は貰えず、地力で受験するしかなかった。


 アイツらが、俺の人生を無茶苦茶にした。飼谷、明田、佐多貫、この三人は絶対に許さない。殺してやりたいとさえ思った。でも、実際に行動に移す勇気は無かった。

殺してしまえば、本当に僕の人生は終わる。アイツらの人生も終わらせられるけど、そんな痛み分け見たいな結果は僕の望むところじゃない。


 殺るなら、ばれないように。


 必至になってその方法を考えた。完全犯罪をするには、どうすればいいのか。でも、そんなの今の時代には到底無理だった。科学技術も発達し、警察はそう簡単に証拠を見逃したりしない。ほんのちょっとした手がかりをきっかけに、犯人を捕まえてしまう。


 それでも、諦められなかった。アイツらの死を見たかった。それが、僕の生きがいになった。


 だから、勉強した。凡人の僕が、アイツらを殺すために人生を捧げるように勉強した。そういった意味では、感謝するべきところもあるかもしれない。おかげで、僕はトップレベルの理系大学に入学し、修士、博士号もとった。僕の研究を後押ししてくれる企業にも巡り合えた。


 続けた研究はたった一つ。その目的のためだけに、人生を賭けた。そして、僕の目的はもう目前まで迫っている。僕が手を下すわけではないから、警察に捕まる事はない。その上で、彼らの死を見ることが出来る。確かに、自分自身の手を汚せない、という点は不満ではあるが、そこは妥協するしかない。


 どんな方法を取ったか分かるか?


 自分の手を汚さずに、彼らの死を見れる方法。


 きっと、もうじきだ。


 そろそろ、目が覚める。




「先生、青崎先生」

「う、うーん」


 体が自分のものとは思えないほどに怠かった。異常に思い瞼を開けると、目の前には白衣を着た後輩、町田が覗き込んでいた。


「体の調子はどうですか?」

「最高の気分だよ。とりあえず、一応は精密検査からだな。しかし、町田。お前老けたなあ」

「何言ってるんですか。当然でしょう」


 彼は僕が30歳の頃に入社してきた後輩で、8歳ほど年下のはずだった。それなのに、今の彼は白髪交じりで、顔には多くの皺が刻まれている。どう見ても70歳に近い年齢だった。それに比べ、僕の顔にはまだ皺は刻まれていない。髪もツヤを持ったままだった。


 精密検査を終え、体には異常がないことを確認した。僕の体は未だ32歳のままだった。僕がこれまでずっと研究していたこと、50年前に被験体第一号として自分の体を使って実験したことは……。




 コールドスリープ




 人間の体の時間を止め、老いを止める。被験体からすれば、寝て起きれば世界の時間だけが見知らぬ間に進んでいる。本来の使用目的としては、まだ治療法の無い病にかかった人をコールドスリープさせ、その間に研究を進める、といった具合だろう。でも、僕の目的は違う。


 健康であることを証明された僕は、一目散に柳原病院に向かった。後輩の町田にだけは僕の本来の目的を伝えてあった。飼谷、明田、佐多貫の内誰かが入院するような、余命短い状態になった時に、眠りから起こしてくれと頼んであった。


 研究内容を私用に使うことは御法度ではあったが、黙っていれば分からない。それに未来の発展のためにどれだけ僕の研究が役立つか、理解している人ほど黙認するしかない。



 

 飼谷は病院のベッドで横になり、いくつかの管が鼻や腕から伸びていた。目は垂れ下がり、髪や髭は真っ白だった。

 

 面白くてしょうが無かった。滑稽だった。今、僕は彼の目の前で健康的な若い男性のままで立っている。これからまだ長い長い自由な人生が待っている。それなのに、この男ときたら、もう死ぬまであと一歩だ。


「どちら様……ですかの」

「久しぶりだな、飼谷。よぼよぼになって、可哀そうに。どんな気分だ?死ぬ直前っていうのは?」

「失礼な奴じゃのお。まあ、怖くないと言えばウソになるがな。誰も歳には勝てないじゃろう」


 悲しそうな顔を窓の外に向ける飼谷は、まだ生命はあっても生気は既に抜けているように見えた。

 思わず僕は笑みが零れた。口角が上がるだけでなく、声まで漏れてしまった。


「何がそんなにおかしいんじゃ」

「くくく。こんなの笑わずにいられるかよ。なあ、飼谷、そろそろ僕のこと分からないか?覚えがあるだろ?この顔に」

「……!?お、お前……!」




 僕の事が分かった瞬間の飼谷の顔は一生忘れられそうにない。あんなにも恐怖に慄いた顔を見られるとは。歳をとって死ぬ直前に、自分の罪深さにも気が付けたようだ。そのまま後悔して死んでいけばいい。


 残りは明田と佐多貫の二人。


 彼らの死を見届けて、僕の最高の人生が始まるんだ。

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