悪夢喰らいのカタルシス

しな

ナイトメアイーター=ミッシェル

 人は何故を見るのか――それは、現段階での科学技術だのなんだのを駆使しても解明することのできない謎なのである。


 一言にと言っても色々とある。恋する夢や英雄になる夢、怖い夢やエッチな夢など、言っていけばきりがない。


 人間必ずしも見る夢――そう、である。

 これを見た日にはいい睡眠などできようもない。


 俺は子供の頃、悪夢が怖くて怖くて仕方がなかった。

 そんなある日、一人森の中を散歩していると、奇妙な生き物が倒れていた。

 小型犬程の大きさで、鼻が少し長く鼻の横に小さな牙の様なものがついていた。

 可哀想になり家にもって帰って飼うことにした。

 調べて分かったのだが、それはばくという動物だった。俺はその獏に《ミッシェル》と名付けた。


 そして俺は二十歳まで片手で数えられる程に成長し、今ではミッシェルと共に自営業者として生活している。

 今日も事務所には依頼の電話が鳴り響く。


「もしもし、はいい眠りから。こちら、ソールの眠り屋です」


 そろそろこの安っぽいキャッチセールスも変えたいと思うのだが、中々良いものが思いつかず結局ずっとこのままではないかと思う俺がいる。

 依頼主は声から予測するに二十歳程の男性だった。


「実は……ここ最近悪夢にうなされて、寝れなくて目覚めも悪いんです」


「具体的にはどのような悪夢をご覧になられますか?」


 電話からは、依頼主の男性の唾を飲み込む音が聞こえた。


「僕には、一ヶ月前に別れた彼女がいて、夢に彼女が出てくるんです……それも、包丁を手に」


 元とはいえ、リア充と聞いて電話を切りそうになったが、中々深刻そうなのでやめておく。


「それで、彼女は何かしてくるんですか?」


「それが……彼女は包丁を持って僕を追いかけてくるんです。そして、幾ら逃げても最終的には捕まって心臓を刺され、ショックで目が覚めるんです……」


「……分かりました。それでは、一度お会いして改めて状況を確認して対応に当たります。では、一週間後事務所までお越しください」


 そう言い静かに電話を置く。


「ねぇミッシェル、今の接客めっちゃ良くなかった?ねぇねぇミッシェルってばー」


 喋るはずのない当のミッシェルは、ご飯の果物や干し草をモサモサと咀嚼していた。


 そして、一週間が経った。


 事務所の入口が開き依頼主であろう男性が入ってきた。


「あのー……先週お電話させていただいたものですけど……ソールさんですか?」


 背が高くスラッとしていて少し天パのかかった、か弱そうだがイケメンの男性だった。


「では、まずお名前をお伺いします」


「えっと、アレンといいます」


「では、アレンさん……これは、ここに来られる方全員に言っていることなんですが、我々は悪夢を消すことは出来ます。ですが、それは応急処置のようなものに過ぎません。しばらくすればまた同じ夢を見るでしょう」


「え……じゃあ意味無いんですか?」


「いいえ、言ったでしょうだと。夢というのは脳が行う記憶の整理の過程で見るものと考えられています」


「記憶の整理……」


「はい。人は一日に膨大な量の情報を脳に保管しようとします。ですが、それを短時間でやるのは不可能です。だから、寝ている間に記憶や情報を整理するんです。その過程にあるのが夢です。それと、夢は本人の感情に密接しています。悪夢を見る人は大体、不安やストレス等といった精神が不安定な状態にある人が多いです。ですからアレンさん、あなたは今、精神的に不安定なんじゃないんですか?」


 すると、彼は少し考えるように顎に手を置き、俯いた。しばらくすると、何かを思い出したように顔を上げた。


「思い出しました! ……あれは、彼女と別れることになった日のことです。彼女とはキッパリと別れることができず、今も別れたとは思っていますが、周りから見れば微妙な感じなんです。恐らくそこに不安やストレスを感じているのではないと……」


 何故だろうか。これまでに、リア充の人の依頼や相談を受けたことは何度かあったがここまでイラッときたのは彼が初めてかもしれない。


「原因が分かっているのなら後は簡単です。あなたが悪夢から解放されるためには彼女とケジメを付ければそれで終わります……が、恐らくそれには少し時間が掛かるでしょう。その間、僕とミッシェルであなたの眠りをサポートさせていただきます。」


 サポートと言っても、サポートするのは俺ではなくミッシェルなのだ。ミッシェルは空想上の妖怪とされる獏の仲間で、人の夢を食べる(吸い取るの方が正しいかもしれない)ことができるのだ。

 それを活かして、夜は依頼主の家に泊まり、悪夢を見ていたらミッシェルが反応して勝手に吸い取ってくれるのだ。


 夜になると、身支度をし、ミッシェルのご飯を俺のリュックに、俺のご飯をミッシェルの動物用のリュックに詰めて寝袋を背負わせ、アレンさんの家へと向かう。


 彼の家はワンルームのアパートで一人暮らしをしているようだった。

 アレンさんは快く迎え入れてくれた。

 部屋は片付いてこまめに掃除をしているのが見受けられた。

 しばし他愛のない世間話で盛り上がっているといつの間にか十一時を過ぎていた。

 遠慮なく床に寝袋を敷きミッシェルと一緒に窮屈さを感じながらも眠りにつく。

 俺は基本的に眠りが浅く、周りの物音等がするとすぐに目が覚めてしまう。なので、ミッシェルが悪夢を吸うために寝袋から出る時は必ず起こされる。

 一日目の夜は三回もミッシェルはアレンさんのもとへ歩み寄り、額に鼻を伸ばすと悪夢を吸い上げた。

 そんな日が一週間続いた。


 悪夢の元を断つ計画は未だ滞っており、中々アレンさんの自宅から帰れない日々が続いた。


「アレンさん……そろそろ彼女とケジメつけないとマジで永遠に俺達アレンさんの家に居ますよ?」


「僕もケジメをつけたいのはやまやまなんだけど、僕は子供の頃から小心者で、中々話を切り出せないんだ……」


 そう言うとアレンさんはガックリと肩を落とした。

 よくそんなんで彼女ができたなぁと思いつつもこの状況を打開するための策を必死に脳内で練る。


「アレンさん、携帯貸して貰えます?」


 携帯を受け取ると、彼女の名前を聞き出し連絡帳から彼女を探し出し、明日の正午に会う約束をする。

 携帯を渡し、内容を見せるとアレンさんはかなり焦った様子で「どうしよう……」と連呼し部屋をグルグル徘徊していた。


「まぁ…………これが一番手っ取り早かったんで頑張ってください。俺達はこれで帰るんで」


 すると、アレンさんは情けない声で「まってよぉー」と言いこちらに手を伸ばす。

 少々心は痛むがこうでもしなければ一生終わらない気がした。


 翌日の夜、アレンさんから連絡があった。どうやら、彼女とうまくケジメをつけられたらしい。

「報酬は高くつきますよ」と冗談を言うとアレンさんは本気で捉えたらしく「お幾らですか?」と真剣な声で聞いてくる。

 恐らくこの純粋さに彼女は惚れたのだろうと勝手に一人で考察しながら電話を切る。


「一件落着だな、ミッシェル」


 相変わらず果物や干し草を口に頬張ったミッシェルを撫でながら達成感に浸った。


 一週間後またアレンさんから連絡があった。どうやら、もう悪夢を見なくなったらしく、よく眠れるようになり目覚めも良くなったらしい。


 ――柔らかな午後の日差し差し込む窓辺にもたれ掛かり呟いた。


は、いい眠りからですよ」


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悪夢喰らいのカタルシス しな @asuno_kyo

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