極彩色のピエロ

マフユフミ

第1話

ふと気配を感じて後ろを振り返ったら、極彩色の衣装に身を包んだピエロがニヤリと笑っていた。


文章にしたらただそれだけのこと。

でも、こんなに気味の悪いことってあるだろうか?


だって相手はピエロだ。

イラストやぬいぐるみみたいにかわいいデフォルメなんてされていない。

真っ白な顔に真っ赤な唇の、ヒトのようでヒトでない、三次元のイキモノ。

それがニヤリと笑って背後からこちらを見ているなんて、ただのホラーでしかない。

そこまで一瞬で考えを巡らせ、足を踏み出す。


逃げなければ。


理由なんてない。

ただ単に逃げなければならないと思った。

あの、極彩色のピエロから。

捕まったら、きっと無事ではいられない。

あれは、そんな笑みだ。


そこからは早かった。

後ろのピエロから逃げるべく走り出す。

すると、ピエロも動き出すのが気配だけで分かった。


音もなく走るピエロは、この世のものとも思えない不気味さで着いてくる。

なんであんなに足が開く?

なんであんなに速い?

それなのになんでずっと笑っている?

それでもピエロは追い掛けてくるし、こちろは必死で逃げている。


ありがたいことに、自分の足も止まることがないから追いつかれはしないけれど、それでも妙な圧迫感で動きが悪い。

走りすぎているからか、周りの景色が歪んでいる。

ぐにゃりと歪む風景に目が眩む。

足が取られそうになるけれど、不思議な重力の加減に助けられる。


まだまだピエロは笑っている。

声もなく、口先だけでニヤリと。

極彩色が目に痛い。


ここまできて、ほんの少しだけ残っていた冷静な脳ミソがはじき出す。


ああ、これは夢だ。


熱を出したとき、いつも見るのがこの極彩色のピエロだ。

熱に魘されながら、ニヤリ笑うピエロに追い掛けられ、必死に逃げて逃げて汗をかいて熱が下がる、という繰り返し。

正直、余計疲れる。


ああ、また熱を出したんだなー。


そう思うと、なんとなく記憶が蘇ってくる。

昨日の朝から何となくゾクゾクした寒気が続いていた。

何とか仕事を終え、家に帰った頃にはもうその寒気は完全な発熱へと変わり、何も出来ずベッドに潜り込んで今に至る。


こうなれば、熱が下がるまで追いかけっこは終わらない。

もうすでにすごく疲れた気がするのに、まだまだ続くと思えば溜息だってつきたくなる。

あー、ピエロめ。

カラフルすぎて目が痛む。


そんなことを思っていたら、不意にピエロが近付いてきた。

これまでにない展開。

咄嗟のことに足をふみだせないでいると、ついにピエロが隣に来た。


食われる!

そう思って目を閉じる。

すると頭に柔らかい感触。

そーっと目を開けてみると、そこには優しく頭を撫でるピエロの姿。


なんでこんなことするんだ?

襲ってきたんじゃないのか?

そんなことを思うけれど、心地よさに微睡んでくる。


「ユックリネムレ」

ピエロが微笑んでそう言うと、自然と眠りに落ちていった。


ピピピっ…


遠くから聞き慣れた目覚ましの音がする。

ゆっくり目を開くと、柔らかな光が差し込んできていて、朝が来たことを知る。


眠りに落ちる前はあんなに気だるかったのに、もうすっきり身体が軽くなっている。

これもピエロが撫でてくれたおかげか?なんて考えるけれど、正解なんて分からない


それでも。

「悪い夢じゃなかったな」

なんて。

ふっと笑って立ち上がった。

またいつもの一日が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

極彩色のピエロ マフユフミ @winterday

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ