定理の水深

エリー.ファー

定理の水深

いずれ、誰かに言わなければいけなかったのだけれど。

僕は生きています。

というか、起きています。

自分で体を動かせないだけで、目を開くことができないだけで。

意思の疎通ができないだけで。

僕は本当に生きています。

そもそも、悪い魔法使いにマグカップに閉じ込められ、そこから外を眺めているような状態で体を固められてしまったというだけで、僕はバハムートなのです。お判りでしょうか。

 めっちゃ強いです。

 僕は、めっちゃ強いです。

 他のバハムート達の何千分の一というような体の大きさですが、申し訳ありません。

 僕は。

 めっちゃ。

 強いんですよ。

 本当に。

 口から火を吐きますし、爪はおそらく人間が作り出したものであれば簡単に壊すことができるのです。バハムートの鱗は剣、炎、電撃などありとあらゆる攻撃を受け付けず、しかも場合によっては跳ね返す効果も持っているのです。

 それくらいの生き物ですから、当然、敬われて当然ですし、人間ごときが僕のことを可愛いとか、かっこいいね、と言うのは間違っています。まず、敬語でしょう。強い相手に対して、敬意を払うのは当然です。そして、マグカップという非常に粗末なものに入れられてしまっている史上最強のバハムートこと、僕の気持ちを慮って神棚に乗せるくらいはあって当然ではないでしょうか。

 僕は、そう思います。

 たまに、聞こえてくるのはどこかの雑貨屋さんの名前です。二千年以上前にマグカップに閉じこめられてから、基本的に面白雑貨として色々なお店を移動してきました。悲しいことに、僕は千円以上の価値はないようです。

 二千年以上前から閉じ込められて千円にも満たないわけですから、つまり、これは僕の一年閉じ込められた価値は、一円の半分にもいっていません。

 そんなときに、ある女性に買われました。

 おそらく女子大生で、たぶんですが、サークルクラッシャーです。たまに、こうやってサブカル好きの女の中にいる地雷に買われます。そして、引っ越しに度に売られます。

 なんというか、僕は、僕の価値がよく分からなくなってきてしまいました。

 昔だったら、多くのバハムートたちが僕の言うことを聞き、あれが食べたい問えばすぐに持ってきて来てくれたし、甘い木の実としょっぱい木の実が欲しいと言えば、週刊誌も一緒に皆買ってきてくれました。ケータリングとかも、僕だけいつもいい奴でした。

 なのに。

 なのに。

 僕は、どうしてもマグカップから出られないバハムートで落ち着くしかありません。

「あれぇ、何これぇ、あたしこんなの買ったっけ。でかいトカゲが琥珀色の蝋の中で固まっててくそキモイ。」

 僕は知っています。このサークルクラッシャーは、自分のものに興味がないから次から次へと手を出してしまうのです。綺麗な身なりの割には、汚いお家はまさにそれを的確に表現していると言えます。

 その時でした。

 音が聞こえると。

 なんと、僕の封印が解けたのです。

「わぁ。」

 僕は声が出ました。

 自由です。

 なので、さっそく、空に飛びあがり炎を吐き散らしました。

 東京は火の海です。

 確か、シンゴジラでこういうシーンあったなぁ、と思いました。当時のメデューサの彼女と行ったことを思いだします。

 地球はもう、僕の知っているものではありません。

 でも、また一から作り直せばいいのです。

 僕の目覚めは地球の新たなる目覚めです。

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