少しだけ前に

未来告 夜衣香ーーみくつ やいかーー

何も変わらないそれが良い

俺の名前は佐藤 そら

俺の世界はいつからこんなにも窮屈になってしまったのだろう。

毎朝決まった時間に起きて準備して会社に向かう、仕事が終わって帰宅するころにはもう翌日が目の前にまで迫っており、後は眠りにつくだけ。


毎日それの繰り返し、週に一度あるかどうかの休日は、いつ呼び出しがあるかもわからず休んだ気は全然しない。

趣味と言えば小説を読むくらい、だが本を買いに行く暇もない俺は専らネットに投稿されている小説を見る事が多い。


無名で評価のついていない作品を読んでいく、なんだから宝探しをしている気分になれるのだ。

何かしらのテーマを持っていても持っていなくても、作品の中には必ずしも作者の人生観や思考等が描かれている。

そんな他人の人生の一端に触れることが出来るのがどうしようもなく楽しいのだ。


スマホを持ち時間を確認したのち

ブックマークに登録してある小説投稿サイトを開く。


・・・・


「ふわぁ」


一つあくびをする、どうやら熱中してしまったようで、時間を確認するとすでに12時を回っていた。


アラームが設定してるのを確認すると、俺は眠りについた。


普段ならすぐに目が覚めて仕事の準備をしなくてはいけないのに、今日は少し違っていた。


「草原?」


どうやら夢を見ているみたいだった、夢と言っても体がそこそこ自在に動かせる明晰夢。

そういえば…と思い出す。以前にも俺は明晰夢を見れたことがあったなと。当時の俺はまだ中学生で多くの友達と悪ふざけをして楽しんでいた頃だ。

まだお金の心配もそこまでせずに済んでいたし、自分のいる場所は誰かが作ってくれていた。

部活動に励んでいて、そこそこかわいい彼女がいた

そんな夢や希望、期待が心の大半に占めていた時に見たかった夢は、年相応なエロい夢だ。


コンビニで横目に見ていた成人向け雑誌の表紙が印象的で、その妖艶で可愛らしい女の子が出てきたのを覚えている。

しかし、彼女がいたものの一緒に帰ったりする程度で、性的な知識が無い状態そんな夢を見たところで、AVのような展開には全然ならなかった。


性的な知識を持つようになってからは、意図的に明晰夢を見ようと努力したこともあったが、結局はその一回限りだった。


まさかこんな大人になってから当時の夢が叶うとは思ってもみなかった。

しかしその夢の内容は当時思っていたものではなく、何もないただただ広がる草原が目の前にあるだけだった。


夢というのはその人が潜在的に願っていることを映し出す


そんなことを聞いたことがあった。

恐らくそれは半分正解で半分当たりだ。


夢というのは実際に見たり聞いたりしたことしか見ることが出来ない。

ゆえにこの草原は俺の記憶にあるものなのだが、はて?


「まぁどちらにせよ、いい場所だ」


短い髪をなでる風はほんのり太陽の匂いがして、思いっきり深呼吸をしてみる。

まるで本当にこの世界にいる感覚だが、これが夢だというこはまず間違いが無い。

なぜなら俺の背後にはずっと一人の少女がいたのだから。

セーラー服に身を包んだ少女に見覚えはなかった。だが、その制服は間違いなく俺の通っていた中学校のもの。

しきりに何かを訴えているようだが、音として発せられることはなく口パク、どうやら怒っているのは伝わってくるのだが…


俺は草の上に尻もちをつく形で座りこむ、それに合わせて少女も俺の横に腰を落とす

怒ってはいるのだが、嫌ってはいないようだ。


…この風景はきっと小説のワンシーンか何かを俺が想像したものなのだろう、しかし自分でいうのもなんだけどすごい想像力だな…感覚全てが夢だとは思えないほどにリアルだ。

…もしもここが今流行りの異世界とかって言うんだったらもっと面白いんだけどな…


「……ソラ」


名前を呼ばれた

とっさのことに振り返ると、先ほどまで口パクだった少女の口からどこかなつかしさの感じる声が出ていた。


「俺を知っているのか?」


顔だけではなく体ごと少女の方へと向いて正面で向き合う形となる、じっと見つめるとどこか見たことがあるかわいい女の子だった


「ソラも私を知っている」


だが思い出すことはなく

ただぼうっと時間が過ぎていた、風が少しずつ強くなっていくように思える。

そんな中

少女はおもむろに立ち上がって、俺の前に出てくると。

それは決まっていたことのように少女の来ていたワンピースがめくれ上がり、容姿には似合わない大人びたパンツが見えた。


「…君は…海華うみかなのか?」


思い出したその瞬間俺の眼からは涙が流れていた。

忘れていた記憶、俺の目の前から突然いなくなった大好きだった彼女の記憶

俺の目の前で突然事故に合って死んだ彼女の事


「忘れててごめん」

「ソラは…前に進めたの?」


あの頃から一切変わっていない少女の声は優しいものだった。

そしてこの景色も俺の故郷にあった思いでの場所だ、たしかここでさっきみたいに、海華の下着を見てしまったんだったな。


まさかそれをきっかけに思い出すとは…


「あぁ、俺は生きている、毎日生きている。楽しいかって聞かれたらちょっと不安になるけどな」


「ふふ、ソラらしいね。でも私は知ってるよソラはもっとどこまでも本物の天空そらみたいに高く大きいって。」


そういいながら少女は抱きついてきた、俺の視線が低くなっていることに疑問を持つ。

どうやら俺の姿もいつの間にか中学生の時の者に戻っていたらしい。


「私を忘れて進んだ君は、私を思い出してもまた進みだすよね。」

「あぁ、俺は君の分まで生きるなんてかっこいいことは言えないけど、それでも俺はただ毎日を後悔しないように生きていくだけだ」



フっと目が覚めた

何か大事なことを思い出したような気がする。

体を起こすのと同じタイミングで設定していたアラームが鳴り響く。


「仕事の時間か」


一つあくびをする。いつものような気だるげな朝だ。

毎日繰り返していた朝がやってきた。

準備をして、家を出る。


今日の歩幅は少しだけ大きい気がした。

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少しだけ前に 未来告 夜衣香ーーみくつ やいかーー @mikutu-yaika

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