第5話 「 Explain me if you can 」

 校門周辺には、予想以上の人だかりが出来ていた。


 人衆のドーナツの外環部分は主に男子。遠巻きに、なんとか中心を見ようと奮闘している。内側部分は主に女子で、キャアキャア言いながら盛んに中心にいる人物に話しかけている。


「ね〜、不夜城になんの用なの〜?てか〜、どんな関係〜?」


「ふふ、ごめんなさいね。それはちょっとゲンキ本人にしか話せないわ。関係はそうね……パパに話すと怒られるような関係かしら?」


 意味深な発言に、聞いていた女子たちは「キャー‼︎」と興奮している。


 おそらく初対面だろうに、よくもまぁズバズとバプライベートな質問ができるものだ。そういえばコミュ力が高そうな女子ばかりが中心に集まっている。


「ちょっとすまない、通してくれ」


 人熱ひといきれを感じながら、人垣を押し分けて進む。


 やがて中心に近づくと、


「あ、噂のダーリンじゃん」


 などと聞こえてくる。やめてくれ。頼むから。


 好奇と妬みの視線に晒されながら、俺はくだんの少女までたどり着いた。


「ハーイ。また会えて嬉しいわ、ダーリン」


「ハーイ。ちょうど俺も会いたかったんだ。聞きたいことがあってな」


 レイラは柔やかに、俺は引きった意味をそれぞれ浮かべながら再会した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 夕刻の駅前は帰宅途中の学生、スーツ姿のサラリーマン、ビラ配りなどで賑わっていた。


 昂星高校の最寄駅であるこのターミナル駅は、市内でも五指に入るほどの利用者を誇る。必然、飲食店などが立ち並び、俺は店探しに苦労せず手近なファストフード店に入った。


 もちろん一人ではない。金髪の少女、レイラも同行している。


 俺は定番のセット。彼女はアイスティーをそれぞれ注文して、奥の方のテーブル席に腰を落ち着けた。


「それで?どんな用件で俺を待ってたのか、まずそこから教えてくれ」


「そうね。まずは昨夜のお礼よ。助けてくれてありがとう。助かったわ。やっぱり日本人は親切ね」


「あれはただの成り行きだ。っていうか、日本語上手だな。成り行きって意味分かるか?」


「分かるわ。私は日本は初めてではないし、ちょっと理由があって日本は昔から慣れ親しんでいたわ。仕事にも必要だしね」


「仕事?」


 レイラの年頃は見たところ十三、十四くらい。俺より年下だろう。


 改めてレイラをよく見ると、かなり整った顔立ちをしている。大きな碧眼には、星々のような煌めきがあり、すっと通った鼻筋や、可愛らしい唇にはピンクのグロスなのか艶があり、可憐な微笑みを浮かべている。


 ふわっとウェービーな絹のような金髪をポニーテールにまとめている。黒を基調としたキャミソールの上に、アイボリーのカーディガンを羽織っている。どちらもフリルやリボンがあしらわれた、ゴシックなデザインだ。


 道行く人々が全て振り返るほどの美貌とファッションの着こなしから推測すると、雑誌のモデルか何かだろうか?モデルよりも先に女優やタレントの可能性を考えたが、あれだけ学校中で騒がれて誰も知らなかったのだから、その可能性は低いだろう。


「これよ」


 そう言って小さなリボンがデザインされたパールホワイトのエナメルバッグから取り出したのは、文字入りのカードだった。そこには、



L.G.D RECORD JAPAN

PRODUCER

Laila McPherson



 と書かれていた。


 俺はそれを受け取って、矯めつ眇めつして見た。


 そんな俺の表情を見て、レイラはクスッと笑った。


「何の冗談だろうって思っているわよね。まぁ仕方がないわ。でもこう見えて私、そこのプロディーサーをしているの」


 そことはL.G.Dレコードのことだろう。L.G.Dレコードといえば主要先進国には必ずと言っていいほど支社があるメジャーレコード会社だ。


 よく分からないが、それは凄いことではないだろうか。


「ふ〜ん。まぁモデルや女優とかと一緒で、実力があれば務まるのか?」


「理解が早くて助かるわ。概ねその通りよ。ただし、人脈コネクションはもちろんあるけどね」


「それで、そのプロデューサーのレイラさんは、きちんと昨夜のことを説明してくれるんだろうな」


「もちろん。それに昨日は、お礼も言わずに居なくなってごめんなさい。私にも事情があったの」


 小首をかしげて謝るレイラ。


「それじゃ、その事情ってやつも込みで説明してくれるか?もちろん日本のスタンダードな男子高校生をすんなり納得させられる奴を、だ」


「そうね……」と左手をおとがいに当ててちょっと考える仕草をみせると、やおら意味不明な文言を呟いた。



『親愛なる貴方達。いつでも其処にいる貴方達。秘密の扉は此処にある。私と彼の内緒の話。

 私は花を愛でるもの。お願い。少しだけ力を貸して』



 果たして潮が引くように、周囲のざわめきが消えた。


「……は?」


 店内にいるクルー、客、全員が一斉に口を止めたのかと思った。


 だが、違う。声だけではない。


 さっと周囲に視線を這わせると、誰も動きを止めていない。歩く音も包装紙を開ける音も、飲食の音も。


 音という音が総じて消えたのだ。


「論より証拠って言うのでしょう?まず証拠から提示させてもらったわ。私は―――」


 ニヤリと彼女は不敵に、


―――魔法使いよ。


 そう言い放った。


 さて、どう対応するか。数秒悩んだ挙句俺が選択したのは、


「もっと詳しく」


 ひとまず続きを促す、という選択肢だった。


 とりあえず目の前の事実を受け入れた俺に「ええ」と頷いたレイラ。


「厳密に言えば私は魔法使いではないし、今のも精霊術というのだけれど、まぁその辺りはアバウトに『ちょっと不思議な力が使える』とだけ認識してもらえればいいわ」


「この、周りの音が聞こえなくなった現象か……。なんか、スタジオに入った時みたいな静かさだな」


「言い得て妙ってものね。多分貴方が言っているのは練習とかで使うスタジオのことよね。あの手のスタジオでは吸音材が壁に用いられているから、独特の静けさになるわ。

 いま行なっている精霊術も原理は同じ。私たちの周りにいる『精霊』にお願いして、二人の周囲にだけ境界を作ってもらったの。振動しない空気の膜で覆ってもらったと思ってちょうだい。だから外の音を遮断しているし、逆に私たちの声も周りには届かないようになっているわ」


「じゃあ俺たちって今、口パクしているように見えるのか?」


「口パク……?ああ、なるほど。Lip-synchingのことね。口だけ動かしているように見えてるはずよ。察しが良くて助かるわ。だから、なるべく口許に注意してもらえる?」


 まぁ私たちに注目する人は少ないでしょうけれど、と言って紅茶を一口すする金髪少女。


 確かに奥まった物陰のテーブルを選んだからよかったものの、彼女は自信が日本人の価値観に照らし合わせて注目されやすい容姿をしている事に気が付いているのだろうか?


 ともあれ注文通りあまり口を動かさず、密談のような雰囲気で話す事にした。


「なるほど。お前は魔法使いで、昨日のアレも魔法だった。そういうことか?」


「そういうことよ」


「わかった。そこまでは良い。ただ俺が腑に落ちないのは、昨日の『魔法』に関してだ。なんというか、昨日のアレは、まるで俺が魔法を使ったような錯覚を起こした」


「そう、そうなのよ!」

 

 俺のセリフに『我が意を得たり』とでもいうかのように、嬉しそうにレイラが話し出す。


「さっき自己紹介したように、私はL.G.Dの社員であり魔法使よ。表の顔と裏の顔ね。

 今日私は魔法使いとして、とある目的を果たすために日本支社に異動願いを出したわ。簡単にいうと、悪い魔法使いを捕まえにきたってところかしら」


「ほうほう」と適当に相槌を打ってハンバーガーにかじり付く俺。


 そんな俺に気分を害することなく、レイラは語り続ける。


「その足取りを掴むために昨日は動き回っていたのだけれど、道に迷ってしまって」


「そこで絡まれたわけだ」


「そうよ。勇敢なサムライボーイのお陰で助かったわ」


「そりゃどうも。それで?」


「ここからが肝心よ。貴方が一番気になっているところ。私はさっき『厳密には魔法使いではない』と言ったわ。何故ならば、私は魔法使いにとって必要な基本魔術を使えないからなの。ちょっとした欠陥があってね」


 その時レイラは、一瞬だけ長いまつ毛を伏せた。


「だったら、昨日のアレはどうなるんだ?それに今も……」


「いま私が使っているのは《精霊術》よ―――私が使えるのは《精霊術》と《召喚術》ね。

 精霊術は自分の魔力を使わないけれど、大掛かりなことや生物や自然を傷つける事ができない。

 召喚術に関しては、時間がかかりすぎるわ。どちらにしても、私一人では実戦に向かないの。昼間なら精霊術で逃げたりできたけど、夜は時間がかかるの―――不可能ではないけれどね」


 いまの説明と昨夜の出来事では整合性が取れない。矛盾している。しかしその矛盾は俺―――《不夜城弦輝》という要因で補完される事になるのだろう。レイラの説明の続きを待つ。


 俺からの質問がないことを確認して、彼女は言葉を繋ぐ。


「でも貴方が現れたお陰で状況が変わったわ。私にとってはすごく良い方向にね。結論から言うと、昨日の現象は《擬似召喚》とでも言うべきものよ」


「擬似?」


「そう。《召喚》とはこの場合、異なる座標、異世界、異なる時間―――いまここではないどこかから実在する物体や生命を喚び出すことを言うわ。でもそれには途轍もないエネルギーと時間が必要なの」


「なるほど」


 性質たちの悪そうなオニーサンたち(と言うかオッサンたち)に絡まれているときに、そんな悠長なことはできないよな。


「そこで貴方が楽器を持っていると気づいた時、もしかしたらと思いついたの。この人と協力したら、出来るんじゃないかって。擬似召喚の理論自体は確立されているし、成功例もあるわ。でもそれを発動させるにはエネルギーが足りなかった」


「エネルギー? つまり俺がそのエネルギーになったって言うのか?」


「その通りよ。私は精霊にお願いしてみたの。『彼の音楽と情熱を気に入ったら、彼が求めているように音が出るようにしてあげて』って。貴方、よほど気に入られたのね。100w の Marshall で鳴らしたような音だったじゃない。私、びっくりしちゃった」


「そ、そうだったのか……」


 確かに、どうせ弾くならこんな素音じゃなくてドカンと大きな音で弾きたいとは思ったが……。


 気に入られてしまった。妖精さんに。


「貴方のギタープレイは、荒削りだけれど素晴らしかったわ。でもそれ以上に素晴らしいのは、情熱よ。弾けば弾くほど純度の高い精神エネルギーになっていった。私は貴方の《情熱》というエネルギーを、擬似召喚に必要な《魔力》に変換したってわけ」


「……」


 情熱を連呼されると、なんとも面映おもはゆい。外国人であるレイラにこの機微を理解してもらえるだろうか?


「私は私たちを守ってくれる存在の形……いえ、設計図を描いた。そこに貴方のエネルギーを注ぎ込み、形を成した。それがあの鋼鉄の籠手ガントレットよ。これは嬉しい誤算だったわ」


「アレか……」思い出すだけでもあの力強さが蘇ってくるが「誤算?」と気になって尋ねた。


「私はあの時、とっさのことだったから、ディティールなんて決めていなかった。あくまでアバウトに『私たちを護ってくれるもの』としか。……設計図なんて偉そうに言ったけど、実はとてもラフなものだったの。だというのに、貴方が型取ったのは力強い『ガントレット』の実像だった」


 そうなのか?俺には実感がなかった。何故なら必死にギターを弾いていただけだからな。


「それに私は賭けに勝ったわ」


「賭け?賭けってなんだ?」


「貴方がちゃんと弾いてくれるかどうかよ。やらせておいて言うのもどうかと思うけれど、よくあの場面で弾けたわね」


「う〜ん……」


 俺は何本目かのフライドポテトを咀嚼そしゃくしながら考えた。


 確かに我ながら凄い度胸だと思ったが、それは恐らく  


「俺の親もその友達も。みんな音楽好きでさ。その子供達、俺もだけど、昔から大人に混ざって楽器弾いてたんだ。色んなコンクールも出たし、ストリートでも演らされたから……変にステージ慣れというか、人前で弾くことに慣れすぎているのかもな」


「ふぅん。そういうものかしら?」


 小首を傾げながら、なんとなく納得といったように頷くレイラ。


「まぁ、大体のところは理解したよ。―――とはいえ、まだ半信半疑だけどな」


「結構よ。目の前で起こったことが事実。そして私と貴方がそれを共有している。必要なのはそれだけよ」


 婉然と微笑う少女。


 ずっと感じていたが、見た目よりずっと大人びている。それは実社会に出ているからなのか、それとも『魔法』という存在が身近にあるがためなのか……。


「で、それと俺を探してたことと、どう繋がるんだ?」


 何となく。本当に漠然とだが、どんなことを言い出すかが予想できてしまった。


 しかもそれは、俺にとって不吉な局面フェイズへシフトしかねないだろうということも。


「もちろん、貴方をスカウトするためよ」


〜To be continued〜

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