優しい魔法

虹色

第1話

「そんな顔しないで、ライナス」


病に侵された彼女ーーアルベイスは、心配する僕を慰めるように言う。


彼女は自らを、かつて『魔法使い』と呼んだ。

どんなことでも、理想をイメージできれば実現できる、魔法使いと。

万能な魔法使いであるはずの彼女が行き倒れているところを、偶然通りがかった僕が助けたことで始まった奇妙な共同関係。

彼女は僕に色んなことを教えてくれた。

彼女の世界のこと、

彼女が使う魔法のこと、

彼女以外でも使える『魔術』のこと。

アルベイスは僕のことを『弟子』と呼んだ。

味気ない日常が、彼女のお陰で色づくのを感じた。

この日常が、ずっと続くと思った、

願った、

望んだ。


だけれど、アルベイスは倒れた。

万能の魔法使いであるはずなのに。

病に倒れてしまった。

普通の人のように、弱っていく。


彼女は自身を治す魔法を使わなかった。

『あるにはあるけど、格好悪いからやだ』と、くだらない理由で使おうとしなかった。本当はただ強がっているだけで、ないのかもしれいけれど。

だから代わりに僕が頑張って探した。

彼女が使わない魔法を探して、調べて、使おうとした。

けれど、駄目だった。

僕には才能と適正がなかったのだ。

圧倒的に、

絶望的に。


「大丈夫、私の命が終わっても、あなたとの時間はなくならないから」


「だけどっーー」


「ライナスはいつまでたっても成長しないな」


アルベイスは呆れた風に言う。

駄々をこねる弟を諭す姉のように、

優しく言う。


「物覚えの悪い君に、最後の魔術を教えてあげよう」


彼女は、弱々しくも伝える。

その術式を、

それがもたらす効果を。


「この魔術はね、対象ーー使用者自身も含めた対象を好みの『夢』の中に閉じ込める優れものだ」


「そんな魔術いらない、アルベイス、生きて僕と一緒にいてくれ!僕に他の魔術を教えてくれ!」


僕の言葉を彼女は無視する。

聞くつもりがないのか、

聞いていないのか、

もう、聞こえないのか。

彼女は言葉を続ける。


「私がいなくなって、寂しくてどうしようもない時は、この魔術を使うといい。まあ私としては愛弟子がそんな幻想と戯れている未来は想像したくはないのだけどね」


だから、と彼女は僕の頬に触れる。

微かに感じる彼女の体温。


「私が最後に見る君の姿は、せめて笑顔でいて欲しいな。それが私にとって……一番のお別れの贈り物よ」


僕は無理して笑った。

精一杯の作り笑顔。

不恰好の苦笑い。

けれど彼女は満たされたように笑った。


「うん、君はそれぐらいがちょうどいい」


それが彼女から僕への、最後の贈り物だった。


ーー


僕は毎日あの日のことを思い出す。

アルベイスと別れたあの日のことを。

毎日毎晩、夢に見る。

彼女が教えてくれた魔術は僕にはうまく使えなくて、

以来彼女と会えるのはこの夢の中だけ。

最悪で最後の夢。

だけど、ここでしか彼女の存在を感じることはできない。

だから、僕は眠る。


どれだけ悲しくても、

どれだけつらくても、

彼女に会えるなら、

僕は夢を見つづける。


彼女と再び、会うために。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

優しい魔法 虹色 @nococox

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ