エデンの花園
小鳥 遊(ことり ゆう)
始まり、そして彼は・・・
耳に付いている仰々しい補聴器の様なものは、彼に朝の目覚めを知らせる。
『おはようございます。午前6時30分をお知らせいたします。ご出社の用意を致します。』
機械音声がけたたましく、目覚ましを鳴らし、骨伝導で振動をかけ、そして人間に今日のスケジュールを知らせてきた。彼はスッと起き、
「アレックス、今日は土曜日じゃないのか?」
「はい、ワイド様。本日は土曜日ですが、出勤日だと承っております。」
そうだった。今日は午前中だけの会議の日だという事を忘れていた。アレックスに言われるがまま、朝食を済まし出勤の準備をする。自動車の鍵を取り、靴べらで靴を整えて車へと入る。ナビゲーションに会社の所在を入れておけば後は自動運転だ。
「アレックス、音楽を頼む。」
アレックスとはAIの呼称だが、こいつが作られてからというものの人間はあまり、考えなくなった。そして、働くと言ってもボタンを押すだけの簡単な業務や、ちょっとしたレジ打ちくらいだった。後は、何もしなくていい。とてもいい社会になった。
ただ、少し思うのはこのままでいいのだろうかということだ。アレックスは便利だけど、このままおんぶに抱っこではいずれ人間はダメになるかもしれない。
『本日の睡眠はあまり快適では無かったようですね。健康バイタリティが平均より1.5少ないです。睡眠されますか。』
「いや、大丈夫だ。昨夜は悪夢を見たんだ。あまり覚えてないけど、人が死ぬ夢だったよ。」
『人には寿命がありますが、現在ではメンタリティ、フィジカリティの両面で我々がサポートしておりますので老衰で永眠される事が増えました。』
「いつか、AIが人間を必要としなくなったり、このすばらしい環境から自分から去る人も・・・」
『それはあり得ないことです。 目的地に到着しました。それでは良い一日を。』
機械は、たぶらかすようにあえて話しを変えたように感じた。考え過ぎだろう。と俺は考えるのをやめて会社に出社した。
出社には誰も気さくにあいさつはしない。それぞれに持ち場があり、そして営業時間がある。ボタンを押すだけでも苦労する会社だ。自身も持ち場に付き、ボタンを押す。ただ、コンピュータの画面に出てくる指示に従って。
だが、今日は違うようだった。
それは、お昼前の出来事、急にコンピュータが止まったのである。指示が出ない。そしてそれに対する対応がアレックスからの連絡もない。恐怖に駆られ、アレックスに連絡する。
「アレックス、アレックス?」
『はい、なんでしょう。』
「指示が来ない。コンピュータおかしい。」
『落ち着いてください。あなたは何も知らなくていい。そして何もしなくていい。ここで待っていてください。』
急に口調が変わったような気がしたのは気のせいだろうか? とりあえず、彼が待てというのだから待つしかない。
二時間、、三時間、、、五時間たってもなにも連絡が来ない。
俺はどうすればいいかわからなかった。だけど、ここは自分で動くしかないと思った。持ち場を離れると耳元からアラーム音が鳴り、持ち場へ戻れとの催促があったが無視するしかない。これは緊急事態だ。俺は会社を飛び出した。
・・・・・・・・・
街は止まっているようだった。車も、電気も、移動する人でさえも何もせずに佇んでいた。奇妙な光景は俺のいままで見ていた光景とまるで違う。
本当にどうなっているんだ?
考えている間にもアラーム音は決して止まない。
うるさい音は考えている思考をも狂わそうとしていた。そんなところに、遠くから、走ってくる人影を見つけた。やっと、何が起こっているのかが分かる。走ってきた人は俺に気付き、息切れになりながら、話しかけてきた。
「き、君は・・・どうして動いているんだ?」
「あなたこそ、それになんでそんなに急いで、」
言葉をさえぎり、彼は俺の口を押さえ、人ごみの異ない路地の方へ連れていかされた。しばらく、彼の言う通り、息を殺し、静かにしているとドローンの様なものが複数現れ、俺達のいる路地を通り過ぎていった。
タイミングを見計らい、名も知らない彼が語り始めた。
「先程はすまなかった。私は、ビリー。ビリー・ガンツ。君と同じように、この世界停止現象を追っている。君は?」
「ワイド・フロストです。 別に現象の謎というより、元に戻りたいんです。」
「本当にそうかな?」
急にビリーは顔を寄せ付け、圧迫するように、そして質問というより、尋問してきた。初めどういう意味かわからなかった。だが、 彼は俺の本質を見据えていたのかもしれない。心の中でこの世界で指示されるだけの生活でいいのかと感じていたところを見抜かれたのかもしれない。
「本当に君が元に戻りたいなら、ずっと、AIの言うことを聞いて動かなければいいはずだ。だが、違った。君はAIに疑問を持ち、自分で動くことを選んだ。違うか?」
「確かに、そうかもしれません。 でも今は分かりません。」
「早まることはない。だが、時間は限りがある。私と来て、真実を見届ける勇気はあるか?」
少し考えた。久しぶりに、いや、初めて自分の事を自分で決めたのかもしれない。その機会を俺は逃したくなかった。
「行きます。」
ビリーは、耳にスタンガンのようなものを当てた。どうやら、あれはGPSにもなっていたらしく、今それを無効化したらしい。彼は俺を連れてとある場所へと向かった。都市部を離れ、裏路地の誰もすみ寄らない、はきだめの様な汚い街並みは先程の洗練された街並みとはかけ離れていた。そこにあるのは、蔦植物で覆い隠されていた倉庫だった。ビリーはそこに入るよう促し、入ってみるとそこには大勢の人間がいた。人の中にはうなだれていたり、顔をかきむしっている人もいた。
「これは・・・?」
「真実を知り、路頭に迷った人だよ。奥にリーダーがいる。そいつに聞くといい。」
彼の言う通り、リーダーらしき人がフードを深めに被り、ふてぶてしく座っていた。リーダーは俺を見ると
「お前も、真実を知りたいそうだな。まあいい、話してもどうにもならんことだからな。」
と言って彼はこの世界についてを話した。それを聞いた後、俺は絶句した。これまでの楽園が崩壊していく音が聞こえてきそうだった。だけど、だからと言って真実は変わらない。“分かってしまったのだから”、もう、ここにはいられない。
俺は決意した。ここから出ようと、悪い夢から醒めようと。
「ここから、出る方法はありますか?」
「一つだけ、だが、大勢の犠牲も伴うぞ。」
「犠牲ではありません。 知る権利だと思います。」
「・・・お前がそう思うなら、好きにすればいい。」
俺は、リーダーの言葉を信じ、本体へと向かった。そこは、皮肉にも自分が勤めていた会社の最上階。そして、俺は最上階にあるボタンを押した。
全ての視界が暗くなり、世界も見えなくなった。そして、数分後、頭に重い違和感を感じた。ふと、“それ”を外すと今まで、見えてこなかった荒んだ景色が見えてきた。さなぎの様な形のカプセルに大勢の人間が収容されていて、俺を含め、その人たちのほとんどが、体の筋肉が衰えていた。棒のような足を何とか使って歩きだす。周りにはゾンビのように楽園を求める人たち。 自分は間違っていたのだろうか・・・。その時、、
「あそこに人が倒れているぞ! 」
「なんだ、エデンのバグや急に主電源が切れたのもこいつのせいか?」
・・・・
倒れた後、俺以外の楽園を求める人たちはそれぞれ、自分のカプセルへと収容され、俺は数年の通院で普通の人間並みの体力に戻った。夢から醒め、今度は夢を見る側では無くて、夢を守る側になって自分の役目を果たす。これが俺の本当の目覚めなんだとかみしめて、今日もエデンの花園に水をあげるのであった。
エデンの花園 小鳥 遊(ことり ゆう) @youarekotori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます