新装版メロンと呼ばれた男
天照てんてる
第1話 僕の新人時代
僕は、野次ではメロンだとか6番だとかしか言われない、いつクビになってもおかしくないような競輪選手だ。だが、いま所属しているA級2班に上がってくるまでは、期待のルーキーだった。だったのだ。9連勝で特別昇班を決めて、同期がチャレンジの7車立てレースを走る中、僕だけが9車立てのA級のレースを走っていた。
とはいえ、A級で僕は通用しなかった。早く3班に落ちればいいものを、たまに連対したりするものだから、そのせいで点数がだらだらと残り続けて、カド番で残す力士のようなレースをして、まだA級2班にいる、お客さんからしたらいてもいなくても変わらないような、9車立てのところを8車のつもりで買えるような、そんなメロンだった。
だが――今開催の僕は、A級2班に上がってきてから初めて6号車ではなかった。前開催とその前で完全優勝を決めて、なんとS級特別昇班に王手をかけた状態での開催だった。
僕はA級2班でよかったと心の底から思った。
何故かって?
A級1班だったら、僕はきっと初日特選で負けて、特進に失敗するだけの点数を持ってしまっているから。初日特選には、A級2班の選手は出られないから。
初日予選、2日目準決勝戦、ともに4号車で、皆が勝ちを譲ろうとするかのように思ったように走れて、決勝戦へと進んだ。
今開催は地元・小松島競輪場だ。モーニング開催で、A級決勝戦はなんと最終レースだ。そんなレースに出て、勝っていいのだろうか? 僕はとてつもない不安を持ったまま、最終レースを迎えた。昨日来たインタビュアーに何と答えたのかすら、覚えてはいない。
小松島での開催のときは、必ず師匠――と言っても父親だが――が、観戦に来る。野次を飛ばしてくるのが、はっきりと聞こえる。
「鈴木ー! 鈴木―! お前がいちばん下手くそだー!」
父さんだって、鈴木なのに。なんだか、父さんの不器用な愛情を感じて、父さんの野次が聞こえると安心してしまう。
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「競輪場で会ったら、父と息子じゃない。師匠と弟子だ。気安く『父さん』なんて呼ぶんじゃねぇぞ。ましてや前検だったりしたら尚更な」
デビュー以来ずっと、父にはそう言われていた。だが、あいにく前検で会うための条件、父の所属するS級には辿り着くことは不可能だ、そう思っていた。思っていたのだ。
今日決めてまた特別昇班して、父と同じレースで走りたい。心の底から願っていた。
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「さぁ最終周回ホームストレッチ、今日は地元バンクでの完全Vなるかぁ~!? 特別昇班のかかった鈴木選手、お得意の逃げが決まりそうだぁ~! 後ろではライバル心メラメラ、同県同期の佐藤選手が手ぐすね引いて付いていくぅ~!」
僕はいつもどおり、ひたすら逃げていた。誘導員に「速く行け」と叫びながら走っていた。誘導退避のあと、後ろから迫ってくる他の選手が怖くてたまらなかった。同期の佐藤とは単騎同士を選択した、にも関わらず番手競りに勝ったらしい佐藤、そんなヤツになんか負けてたまるか――そう思って最終周回でもひたすら踏んだ、が――最後の最後、ペース配分を間違えていたことに気付いた。
4コーナーを曲がった瞬間に僕は失速して、おそらく中継では画面外に消えて行ったことだろう。
誰が勝ったのかなんて、そんなこと、どうでもよかった。僕はまた1からやり直しだ――そう思った瞬間、父さんの野次が聞こえた。
「鈴木―! お前がいちばん強かったぞー!」
こんな負け方したときに、褒めないでくれよ、父さん。
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