ver「F」の魔法行使

ゆう

第1話 勇気も覚悟もないよ

「母さん。人生何が起きるか分からない、だったよね。これがそういう事だよ」

その時の私はどんな表情をしていたのだろう。冬真っ只中の2月、17時頃。何年間も独学で練習してきたアニソンを1曲ピアノで初めて母親の前で披露した後、そう言った。多分褒めてほしかったのかもしれない。

「そうね」

その言葉は前にも聞いた。母親は私の話をしっかり聞いてくれないけれど昔からの事だから今はなんとも思わない。

けど、3日前のあの日から私の中には1つのことがあった。

【母親の殺害】

これが打ち合わせで話した事。こんな話を初対面の人達から言われて信じるだけ馬鹿で普通は警戒して警察にでも行くかも知れないけれど私にはそれを信じれるだけの確信があった。だから簡単に実行することも出来た。

「人の話は聞くものだよね」

「そうね」

母は野菜に目を向けたままこちらを見ようとはしない。だから、

……首から赤い液体が飛ぶ。

「もう遅い」

一言も言うことなく「ドサッ」と音を立ててその場に倒れる大きな人を見下ろす。母親が持っていた包丁がまな板の上でキャベツに半分刺さったまま止まっている。

「もしもし………はい」

あらかじめ開けておいた玄関から20歳後半くらいの男女がキッチンに到着し母親の遺体を袋に詰め始めた。するとその中の女性がコチラに来て事前打ち合わせと同じような話をし始めた。それを聞いた私は鬱陶しく感じたのだろう素っ気なく話を切った。

「分かっています」

話の途中で冷たく言い残し見向きもすること無くドアを通りエレベーターに乗る。

「はぁ…。人を殺すってこんなものなのかな。何も感じないし震えない、寂しさもない」

考えれば考えるほど母親に言われた「変だよ」の言葉が蘇る。

「…うるさいっ」

エレベーターの中、言葉と壁に叩きつけた拳から発せられる音は静かに静寂に帰っていく。

7階から1階に降りた私は非常出口の前に止まっている白塗り4人乗り用の車、助手席のドアを開けて運転手の顔を見る。

「(同じ…)」

事前の打ち合わせで教えてもらった服装と髪型が同じだったので早々に乗り込みドアを閉めた。

「出発してもいいですか?」

まだ若い感じの声だった。打ち合わせでは年齢も名前も伏せられていたのだが顔からもう少し高年齢だと思っていた。

「大丈夫です」

シートベルトはしている。特に交通規制に引っかかるような事はしていないはずだ。1つ言えば刑事事件に引っかかる事はしているのだが。

「……お疲れ様でした」

車が走ってからしばらく経たないうちに運転手はそう告げてきた。私はその言葉を聞いてたのに解釈していたはずなのに返事がすぐに出てこなかった。

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