ガイアキーパー

椎慕 渦

ガイアキーパー

”非日常”って奴は、時に中途半端にリアルだ。何が言いたいかというと、

これがたとえばUFOが降りてきて巨大怪獣が現れたとかだったら、俺たちは

「ははは映画っぽいなー」と笑い飛ばしながら受け入れる事もできただろう。


だがその日、市営運動場に、俺たち市立三中サッカー部が試合をしているグランドの真ん中に、爆音と煙を立てて降りてきたのは大型のヘリコプターだった。

横に”陸上自衛隊”と書かれている。


敵味方の選手が入り乱れて見守る中、ヘリから降りてきたのは、これまたゲームみたいな、つまり迷彩服に自動小銃を携えた自衛隊員たちと、彼らに警護されているらしき背広の太った黒ぶちメガネの白髪白髭のおっさんだった。まっすぐ俺の方へ歩いてくる、サッカーゴールの正面にいるこの俺の方へ。


「新藤(しんどう)マサル君だね?」おっさんは言った。「は、はあ」俺「一緒に来てほしい」おっさん「今試合中なんすけど」当たり前だが渋る俺におっさんはアニメみたいなセリフを言った。



「地球の危機なのだ マサル君」



ヘリを降りたらジェット機ときた。そこでようやくおっさんは事情を話し始めた。

「まず私の事は、ハカセと呼んでくれたまえ」

「自分でそう呼べという人、初めてっすよ」ツッコむ俺を聞き流して

ハカセと名乗るオッサンは

「君はサッカー少年だな?」「はい」

「ポジションはゴールキーパー?」「そっすね」

「上手い?」「まあ県はともかく市内じゃ一番かと」


「ではこれからロシアのバイコヌールへ行き、そこからロケットでISS、国際宇宙ステーションへ行ってもらう」

「なんでだよ!」俺は叫んだ。


「だから地球の危機なのだ」

「説明になってねえ!」

「わかった!説明しよう!」ハカセ

「うん?」身を乗り出す俺

「詳しい話はISSの科学者に聞いてくれたまえ」

「・・・バカにしてんすか?」


気が付けば俺は白いミノムシみたいな宇宙服を着せられ、ロケットに押し込まれている。「乗り物酔い?ウオッカ飲みなよハハハ」と何の気休めかよくわからない励ましをされた後、巨大地震のような揺れと身体丸ごと押し潰されるような感覚に見舞われながら、俺は重力の及ばない場所へ打ち上げられた。


ISSー国際宇宙ステーションーは外から見ると”交尾してるトンボ”に見えた。・・・俺にはそう見えたんだよ!うっせーな!なんでもそういう風に見ちゃうのが健全な男子中学生ってもんでしょうが!


ISSに宇宙船がドッキングし、中へ乗り込むと

スケート選手みたいな金髪美少女が顔を出した。

「ようこそISSへ。科学者のナイワ・ナンヤカンヤよ」

ないわ~と思った。ロシアっぽいけど。


「今から72時間前の映像」ナイワはモニターに画像を映した。

真っ黒な画面に赤橙黄色の影が映っている。

「巨大隕石が地球衝突コースで接近中、直撃ビンゴで世界滅亡」

ナイワは自分のおでこをぺちと叩いて「そりゃないわ~」と言った。

本当に悩んでいるのか?俺は思った。


「それで米国ロシア中国その他各国全宇宙軍が撃退ミッションを立案したの。

核ミサイル、レールガン、レーザー、水鉄砲あらゆる手段で隕石を」ナイワ

「撃破っすね!?」俺

「ないわ~人類の総戦力をつぎ込んでも隕石を撃破とかないわ~」ナイワ「じゃどうしろと?」俺

「できるのはコースを逸らす事。それがミッションの本命」ナイワは真顔になった。(うわ可愛い)

「問題は攻撃のタイミング。各攻撃衛星と隕石との距離がどこまで近づいたら仕掛けるか。それで軌道が大きく変わる」

「はあ。で、それと俺と何の関係が?」


「説明しよう!」うわびっくりした!大声と共にモニターにあの白髪白髭なハカセの顔がブロックノイズにまみれながら映されたからだ。

「AIがディープ極まりない思考の末にはじき出したのだ。攻撃のトリガーを委ねるのは”サッカーのゴールキーパーが最適”と!」


「バカか!」俺

「ないわ~」ナイワ


「百歩千歩いや一億歩譲ってキーパーに任せるとして、なんで俺なんだよ?」俺は至極当然な疑問をモニターにぶつける。

「君は優秀なのだろう?」ハカセ

「そりゃ中学市内レベルではな!、でも県とか全国とか、つか高校とか大学とか、つかつかJリーグとかブラジルとドイツとかイタリアとかあるだろ!超すっげぇゴールキーパーが!」俺

「その指摘はもっともだ!我々も心の底からそう思った!だがしかし!」

「しかし?」

「AIがディープにディ~プにランニングしまくって全世界のゴールキーパーを検索吟味した結果、”ジャパンの中学生シンドーマサルしかいない”と結論付けたのだっ!」「壊れてるだろそのAI!」


「お願いマサル、もう時間がないの」ナイワがお祈りするように小さな手を組んで見上げてくる。可愛すぎてくらくらしそうだ。でも俺は首を振った。

「俺には無理だよナイワ。地球の命運を背負ってゴールを守るなんて。」

ナイワはちょっと涙目になって「そんな・・・マサル・・・マサル

・・・マサルってカワイイ名前ね」俺は照れた「そ、そう?」もしやこっから国際交流が・・・「犬みたい」「おいいいいいいっ!それ!それぇ!!思うのおかしいし!!!思ってても言っちゃダメな事でしょお!!!! 」

「やる気出た?」ナイワ

「怒りが沸いた」俺

「そういうの大事超大事、がんばれマサル!」言うやナイワは宇宙服を着た俺にヘルメットを被せエアロックの外に押し出しハッチを解放した。



俺はISSの外、宇宙空間に放り出された。前も後も上も下も右も左もない。手足を動かしても動いてる感覚がない、地球が見え、宇宙が見え、メット越しの風景がくるくる回って吐きそうだ。「うえっぷぎもぢわるい~」うめく俺の右の耳にナイワの声「落ち着いて、マサルは目を回してなんかいない。も一度目を開いて、前を見て!」目を開けるとISSのトンボの羽、太陽電池パネルっていうの?に俺は乗っていた。


左の耳からハカセ「マサル君、パネルから伸びるロープをたどるのだ。そこに君の戦場がある」俺はロープを手繰り寄せるように進んでいった。既に足はISSを離れ、体は宇宙を漂っている。下には地球が見える。雲の模様や海岸線がやけにくっきり見えて遠近感がない。やがてロープの先に見慣れた四角い金属の枠が見えてきた。サッカーゴール。ご丁寧にネットまでかかっている。下には板状のパネルが敷かれ、芝の上にゴールエリアのラインが描かれている。地球と宇宙の狭間に浮かんでいるという事を除けば、そこはいつもの俺の場所だった。


芝の上に降り立つ。理屈は分からないが芝に足が張り付いた。無重力ではあるがなんとか地上のように動けそうだ。とはいえ白いミノムシのような宇宙服を着せられているので動きづらい。視界もメット越しだから何となく狭いし、こんなんでまともにセービングやパンチングができるのか?


「マサル君」ハカセの声。「そのゴール、床の芝、ネット、全てが君の一挙手一投足を感知するセンサーなのだ。君の挙動は全て軌道上の攻撃衛星に”指令”としてフィードバックされる。指揮者がオーケストラを導くようにな」


「じゃテスト」ナイワ「いきなりぃ?」目の前に隕石の画像が映りどんどん向かってくる。思わずしゃがみ込む!「大丈夫!本物じゃない!ヘルメットに投影されたVR画像よ!そいつをゴールに入れさせないで!」隕石は俺の左横を通過、ゴールに入って消えた。

「ないわ~」残念そうなナイワの声「隕石は極東アジアに落下。地球の半分がないわ~」「やっぱ止めようよ!」俺。


「じゃ本番」ナイワ「聞いてた?俺にゃ無理だって!」泣きそうな俺に

「マサル、今まで一番悔しかった戦いは?」ナイワ

「え?そりゃあ・・・」頭に浮かんだのは「四中のストライカー花岡にPK決められた時かな。アレは・・・防げてた」俺は唇を噛む。「データ修正。

マサル、今度は勝ってね!」目の前の隕石が消え、現れたのはなんと四中の花岡だった!宇宙空間に立ち、足元のボールを利き足で弄んでいる。口元に笑みはない。だが目の奥には格下を眺める優越感がにじみ出ている。

「お願い!地球(ガイア)を守って!ガイアキーパー!」ナイワの声に、

畜生!闘志が沸いてきた。俺は両手を広げ腰を落とし、奴はボールを前に後ずさった。


ゆっくりとした助走からダッシュで踏み込む!上か?下か?

膝が曲がり利き足が振り上げられる!右か?左か?

軸足のふくらはぎの筋肉がうねり、ボールがひしゃげるほどつま先がめり込むのを見た時、肚が決まった。「右上ゴール隅!」俺は飛んだ。


視線の先に白い光の矢となったボールがネットを突き破ろうとするのが見える。コースはズバリ的中!がキャッチには遠い!パンチングで弾いてやる!


絶対にゴールを、地球を、割 ら せ る も ん か !


伸ばした両手に手ごたえを感じた。

弾かれた白いボールが、ゴールポストの外側を流れてゆく。

瞬間花岡の姿が消え、映像ではない本物の隕石の姿が見えた。そして俺の後ろから、ゴールの後ろの地球の衛星軌道から、核ミサイル、レールガン、レーザー、水鉄砲?その他いろいろがそこ目がけて飛んでいくのも。






「まさるくんっ!」

マネージャーの声に、目が覚めた。


起き上がろうとすると「起きないで!そのまま寝てて!今救急車呼んだから!」マネージャーがオロオロと制止する。



・・・夢?

・・・そうだ、シュートを止めようとジャンプしてゴールポストに激突・・・跳ね起きた「試合は?」


見ると味方ゴールの前に人だかりができている。「皆プレーがラフになっちゃってPK貰ったとこ。」キッカーは・・・花岡じゃねえか!

「キャプテン!出ます!」俺は叫んだ。

「まさる君!」不安げな顔のマネージャーに

「病院には行くよ。でもアイツのキックを止められるのは俺だけだ」まだ不安げな彼女に

「大丈夫。俺はガイアキーパー、地球を守った男だから」極めて不安げな顔になった彼女に




「冗談だよ」俺は手袋をはめ、ゴールに向かった。







おしまい









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ガイアキーパー 椎慕 渦 @Seabose

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