彼との、最高の目覚め

水谷一志

第1話 彼との、最高の目覚め

 一

 中島由紀(なかしまゆき)が最愛の彼、羽室翔馬(はむろしょうま)を亡くしてから、今日でちょうど7か月だ。

 そう、それは突然の交通事故。たまたま彼はその日の残業終了後に人通りの少ない横断歩道を歩いていて、そこに猛スピードの車が突っ込んできた…らしい。

 その知らせは、翔馬の家族から聞いた。また「茫然自失」とはこのことを言うのだろうか?由紀はそんな風にも思った。

 そして、この7か月間はバタバタであった。

まず由紀は翔馬の告別式に参列した。また翔馬と由紀は結婚していたわけではなかったが、2人で同棲していたので翔馬の荷物類(遺品ということになるだろうか?)を整理する必要があった。

 『私、しっかりしないと…。』

由紀は自分にそう言い聞かせ、今までの7か月間は頑張っていた。

 

 そして7か月が経過する。そうすると、遺品整理やその他のことも幾分か落ち着いてくる。

 しかし由紀の彼への気持ちは、一向に止むことはなかった。

 『翔馬、逢いたい、逢いたいよ…。』

今までは「やるべきこと」をやっていてうまく自分の気持ちをごまかしていたのかもしれない。しかし、一段落するとそれもできない。ちょうど彼の命日から7か月のその日、由紀は無性に彼、翔馬が恋しくなって、泣いた。

 その涙の量はどれくらいであっただろうか?思えば由紀は告別式の時もそんなには泣いていない。それは、翔馬との「永遠の別れ」を自分が実感できていなかったからだ…由紀は今になってそう思う。しかし、するべきことが一通り終わった今は違う。またこの間、由紀が色々と頑張っている間翔馬は由紀の隣にはいなかった。今まで由紀は翔馬と付き合い始めてから、翔馬と離れることはなかった。それが今は…。

 由紀はそんなことを考えると、悲しみがループして無限大になるような気さえした。

《ピンポーン》

 そんな時、由紀の暮らす家のインターホンが鳴った。


 二

 「お忙しいところすみません、私は○○株式会社の△△と申します。

 枕はいかがでしょうか?」

『ああ、訪問販売か。』

由紀はその来客の第一声を聞いてそう判断し、

『今はセールスに関わる気分じゃない…。』

そう思って断ろうとした。

 しかし、

 「失礼ですがお客様、あなたは最近よく眠れていないのではないですか?

 この枕には、あなたの願いを叶える不思議な力があります。」

「えっ…?」

 そのセールスマンの発言には前後の脈絡がなかったが、かえってそれが由紀の心を引きつけた。

 「願い…ですか?」

「はい。

 また今回は試供品ということで特別に無料でこの枕を1週間お貸し致します。

 お気に召さないようでしたら、下記連絡先までご連絡ください。」

 そう言ってそのセールスマンは名刺と共に枕を由紀に渡す。

 『何か、古びた枕だけど…。

 でも私最近ちゃんと寝れてないし、『願い』も気になるし…。』

そう思って由紀はその枕を1週間使ってみることにした。

 すると…。


 三

 「由紀、久しぶり。」

翌朝目覚めると、翔馬が由紀の眠るベッドの隣に立っていた。

 その姿は事故前と何ら変わらない、正真正銘の翔馬だ。

 『な、何で翔馬が…?

 もしかしてこれは夢!?』

「夢じゃないよ、由紀。」

すると翔馬はそんな由紀の頭の中を見透かすかのようにそう言う。

 「じゃあ、本当に翔馬、翔馬なの…?」

「ああそうだよ。由紀その枕使ったでしょ?今からその枕について説明するね。

 その枕は由紀の願いを叶える枕…ってのは由紀も昨日聞いたよね?」

 そう言われ由紀は昨日のできごとを思い出す。

 そして今の由紀には、「翔馬に逢うこと」以外の願いなんてない。

 「でも、この枕は1日7分、1週間しか効果が続かないんだ。

 だから今日は1日目。あと6日間俺は朝の7分間だけ君の所にいられる。

 だから…、残りの時間、俺は由紀とたくさん話したいな。」

 由紀は状況を何とか理解した。そして由紀の全身から、喜びが溢れてくる。

 「翔馬…逢いたかった!おかえり、翔馬!」

「ただいま、由紀。

 あと最後の1週間後に俺はとっておきのプレゼントを用意してるからね。」

 そしてその日から1週間、由紀と翔馬との「同居生活」が始まった。


 四

 それからの由紀は、「活き活きしている」といった言葉が1番当てはまるだろうか?

 とにかく由紀は翔馬との「朝の7分間」を、思いっきり楽しんだ。

 そしてある時は、

 「おはよう、由紀。」

由紀が起きるとそこにはキッチンに立つ翔馬の姿があった。

 そして由紀がいつも朝食をとるテーブルには焼いたパンとスクランブルエッグが置かれている。

 「翔馬…料理もできるの?幽霊なのに?」

「由紀、俺は幽霊じゃないよ。由紀の願いを叶えるために来た存在だからね。」

 そう言った後、2人は久しぶりに顔を合わせて朝食を食べる。

 それは、かつて由紀の側にいつもあった「幸せ」の形であった。

 「それで翔馬、…前に言ってたプレゼントって何なの?」

「それは…、8日目のお楽しみ。」

そう言って翔馬は、笑った。

 そう、それは由紀にとって、「最高の目覚め」であったのである。


 五

 しかしそんな「幸せ」も、長くは続かない。由紀が枕を使い始めてから7日目。今日は由紀と翔馬との最後の日だ。

 「由紀、俺は由紀にもう1度逢えて、本当に嬉しかったよ。」

 「翔馬…、私翔馬ともっと長く一緒にいたい!翔馬と離れたくないよ…。」

「ごめん由紀。でもこれは決まりなんだ。

あと、明日の朝起きたら俺はとっておきのプレゼント用意してるから、楽しみに待っててね。」

 「…分かった、翔馬。」

由紀は泣きながらそう翔馬に告げる。

 そしてその日由紀は会社から帰ってきた後、眠りについた。


 六

 8日目の朝由紀が目覚めると…そこにいつもいた翔馬の姿はなかった。

 『翔馬…本当に行っちゃったんだね。』

そして由紀がいつものテーブルに向かうと…、

 そこには1通の手紙が置かれていた。

 それは翔馬からのものだと直感した由紀は、その手紙を読み進める。


 ~由紀へ。

 こうやって手紙を書くのは初めてだから、何か緊張するよ。

 まず、由紀が楽しみにしているだろう、プレゼントから発表するね。

 そのプレゼントは…、由紀が使っている枕だよ。

 実はその枕なんだけど、『俺が昔、使っていた枕』なんだ。

 それで申し訳ないけど『願いが叶う枕』っていうのはウソで、その枕には『俺の魂が宿ってる』んだ。

 でも1週間しか由紀の側にいられない、っていうのは本当なんだけどね。

 それで俺が死んだ時、自分の魂がこの枕に移ったことに俺は気づいた。それから、この枕に関するルールをあの世にいる人に聞いて…、俺はいてもたってもいられなくなった。

 あと、由紀の家にセールスマンが来たでしょ?あれ、実は俺の親戚だよ。まあ営業やってるのは本当みたいだけどね。

 あと、枕の料金は特別に無料にしといてあげます。(笑)

 これで本当にお別れだね、由紀。この1週間、俺は本当に楽しかったよ。

 これからはその枕と一緒に、ずっと側で由紀のことを見守ってるからね。

 翔馬より。~


 『翔馬、本当に、本当にありがとう…!』

そう由紀は天国に向けて心の中で言いながら、翔馬からもらった枕を抱き締めた。 (終)

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彼との、最高の目覚め 水谷一志 @baker_km

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