恋を知らなくも、恋。

遥 かずら

第1話 思い出のキンモクセイ

 毎年この季節になると、キンモクセイの香りと共に思い出すことがあった。何てことの無い帰り道。私と彼はゆっくりと秋を感じながら夜道を歩き続けていた。夜の方が同じ香りを楽しむことが出来たから。


 × × ×


「お前はこの先どうするつもりなんだ?」


「どうって……地元に帰って気ままなアルバイト? ううん、家の手伝いでもいいかな」


「俺は残る。お前は俺と残るって言わないんだな」


 大学を卒業する彼、そして私。その行き先は別の方を向いていた。彼とはサークルで知り合い、付き合った。でも私は、ずっと付き合うなんて思ったことはなかった。もちろん、好きだったしキスも重ねた。でもそれだけだった。


「あなたは私のことが好きなの?」


「好きだから一緒にいた。お前は違うのか?」


「どう、かな……」


 答える答えなんてわたしには無い。わたしが見てきた幻想は一緒にいて楽しくて毎日のように浮かれることの出来た、学生としての自分だった。それがいざ”卒業”となると、それまで思い浮かべて来た想いが嘘と幻の様に消え失せていた。


 つまり、元から恋や愛だなんて感情はわたしの中には持ち合わせていなかった。学生という時間の中に特別な空間が働いていただけに過ぎなかった。最初から好きじゃなかった。


 ――簡単、でしょ。


「俺はスミレと付き合えて、好き合って、一緒にいれた時間は他の誰よりも最高に良くて心の底から居心地の良さを感じていた。それがどうして卒業するだけで心が離れていくんだ? どうしてなんだ……」


「わたしは別にあなたを嫌いになったわけでもないわ。好きでもなかった……それだけのこと」


「俺との4年間の思い出は何だったんだよ! 俺とお前の関係は幻だったとでも言うのか?」


「想い出は思い出に変わる。楽しかった思い出は今日を境に互いの胸にしまい込めばいいだけ。それだけでしょ」


 就職が決まり、社会人としての第一歩を踏み出す彼と共にわたしは一緒に踏み出すことはしたくなかった。学生としての思い出は”卒業”するのだから。


「……そうか。もういい……」


 かける言葉を持たないわたしと、納得の行かない表情の彼と最後の帰り道。卒業までまだ数か月ある秋の夜道……わたしと彼は唯一、かける言葉がシンクロした。


「キンモクセイの香りがする……」


 花の香りと共に、彼との想い出は終わりを告げた――

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