一条と僕

 週に一度か二度、彼女に会った。特に約束して会うほどの関係性ではなかった。知り合い以上友達未満。知り合いに近い。なんだかわからない関係だけれど、それ以上やそれ以外の関係になることはどうにも考えられなかった。それに、好きだのなんだのという感情は僕にはわからない。自分に酔っているような感じがして、表立って言うことはないけれど。

 「好きでもない女性とそんなに何度も会って話をするものですかね」

 図書館に通ううちに親しくなった司書の一条は言う。気が付けば休日に珈琲を飲みに行く仲になった数少ない友達と呼べる人間だ。

 「人間関係なんてそう型に嵌められたものではないと思うのが僕の持論だけどね。世の中十人十色と個性を主張する癖に、友達や恋人、主従に先輩後輩。なんだか窮屈だし面倒だと思いやしないかい」

 そう、一息で言い切って珈琲を啜る。

 「世の中一般の人というものには帰属意識というものがありまして。どれかしらの団体、関係性に属していたいものなんじゃないでしょうかね」

 なるほど。遠回しに、お前は一般的ではないと言われたような気もするが、一理ある。

 「その理論を引用させてもらうなら、僕は何でもない関係という関係に依存しているということだね」

 暗に自分はあくまで一般市民であるということを主張する。

 「君はとても頭がいいように思えますが、たまに人間が描けていないように感じます。心理はわかっているけれど、感情はまるで理解していない」

 丁寧に皮肉を言うこの男が嫌いではない。

 「心理と感情はイコールではないのかな」

 珈琲が温くなってきた。

 「ノットイコールとまではいかないけれど、ニアリーイコールってところですかね」

 「ニアリーイコール」

 「とても似ているけれども、等しくはないということです」

 含みのある言い方は本を読む人間に多い特徴である。多く読むがために深く読ませたがる。自分も言えた口ではないが、良くも悪くも回りくどい。

 「僕は言葉の意味は聞いていないよ」

 「わかっています」

 くくっと喉を鳴らし笑う。

 「君はさっきも言った通り頭がいい。考えなさい。」

 問いかけておいて答えは教えないというスタンスの男である。

 「辞書で調べておくよ」

 あえて馬鹿を返しておく。そんな掛け合いが常である。リズムのいい会話が心地いい。

 「あ、そろそろ用事の時間なので失礼しますね」

 そう言いながら、一条は伝票を手に取り席を外し始める。

 「今回は僕が払わせてもらうよ」

 一条の白い手から滑らかな動きで伝票をさらう。

 「気にしなくていいのに」

 「前回は君が出していただろ。ギブ・アンド・テイクだ」

 ついこの間来たときは一条が支払いを受け持った。たしか、その時は軽食もとっていたはずだ。

 「その言葉、相変わらず好きですね」

 「この世の理だろうが。そうじゃなくても僕は借りを作るのは好きじゃない」

 「律儀というか、少々面倒な人ですよね。五月さんって」

 そう軽く馬鹿にした一条を僕は少し睨む。

 「わかりました。今回はご馳走様、ということで」

 嬉しそうな顔で一条は会計へと僕を促す。コーヒー代を支払うと、店の外ですぐに別れた。

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