後輩短編集

とらたぬ

自殺した幼馴染後輩と勃たなかった話

 夜中に突然、何年も片想いしている一つ下の幼馴染から「家に来て」とだけラインが送られてきた。

 何だよこんな時間に、と思いつつも、俺は微かな期待を胸に、彼女の家に向かった。

彼女の家の前でスマホを取り出し、ラインで「ついた」と送る。

 すぐに既読がついて、しばらくすると少しだけドアが開いた。

 玄関に入ると、幼馴染が立っていた。

 それは当たり前なのだが、どうにも様子がおかしかった。ずっと下を向いているし、服装だって白いシャツ一枚だけ。

 それを訊ねる間もなく、顔を伏せた幼馴染に無言で手を引かれ、彼女の部屋に連れていかれた。

 幼馴染は俺を部屋に押し込むと、後ろ手に鍵を掛けた。

 不審に思い「なあ」どうかしたのか、と続けようとした言葉は、ベッドに押し倒されたことで遮られた。

 普段なら喜び狂い、踊り出すところだが、今日の幼馴染はやはり様子が変だ。

 彼女は、突然のことに思考回路をショートさせた俺の上に馬乗りになって、服を脱ぎ出す。

「は……? おい、待てって。何だよ、何でそうなる。急にどうしたんだよ⁉︎」

 その言葉を無視し、幼馴染は冷たい手を俺の頬に当て、耳に吐息がかかるほどの距離で、「いいから抱いて」と言った。

 その声は今にも泣き出しそうなほど震えていて、俺にはどうしてもそんな気分になることができなかった。

「待てって、何かあったんなら話聞くから。なあ頼むよ、待ってくれ」

 幼馴染はその言葉が聞こえていないかのように、あるいはそれ以上の言葉を許さぬかのように、よく見るとほんの少し青い唇を、啄むように俺の唇に押し当てた。

 無理矢理舌をねじ込み、歯の裏をなぞるように口内を蹂躙する。

 その快楽に一瞬意識が飛びそうになる。

 なんだかよくわからないがこのまま身を任せてしまってもいいかもしれない。

 そんな風に思いかけていた俺を、他でもない彼女の頬を濡らす涙が押し留めた。

 強引に肩を掴み、体を起こしながら彼女を引き離す。

 その結果、無理に引き剥がしたせいか、今度は俺が幼馴染を押し倒すような格好になってしまった。

 幼馴染は泣きながら笑うように目を伏せ、強がるように口角を上げる。

 今にも壊れてしまいそうなその表情に、意識が奪われた。

 その刹那の隙に、またもや二人の位置が逆転する。

 再び馬乗りになった幼馴染は、擦り合わせるように股間を押し付け、更には俺の手を自らの胸に誘った。

「好きにしていいんだよ」

 恋人に向けられていたなら蕩けるように甘いものとなったであろう声も、今は空虚で寒々しい。

 ここまでされて手を出さないのは、彼女に恥をかかせることになるのではないか。

 そう思う一方で、やはりこんな状態ではできない、したくない、という思いが強くあった。

 しばらく、俺はどうすることも出来ずにいた。

 考えた末、ようやく口に出そうとした拒絶の意思も、彼女の言葉に遮られる。

「先輩も、勃たないんだ……」

 絶望を感じさせる声が、冷たい涙と一緒に零れ落ちた。

「ごめん、今日はもう帰って」

 言われるまでもなくそうするつもりだった俺は、しかし生まれた疑問を訊ねることすらも許されず、彼女の部屋を追い出された。

 なんとなく、このまま彼女を放っておくのはまずいような気がしたが、人様の家に居座るわけにもいかず、俺は家に帰った。

 結局、俺はこの日の選択を、永遠に後悔することになる。

 翌日の昼過ぎ、事情聴取にきた刑事によって彼女が自殺したと知らされた。

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