夢は叶えるために見る

くにすらのに

夢は叶えるために見る

 好きな人の写真を枕の下に敷いて寝ると、その人が夢に現れる。

 そんなバカなと思いつつ、偶然一緒に映った春美ちゃん(普段は須崎さんと呼んでいる)の画像をパソコンに移し、プリンターで印刷した。

 ここまで準備したにも関わらず枕に敷くのを忘れてそのまま就寝。

 まあ明日でいいかと考えているうちに俺は夢の中で春美ちゃんと出会った。

 だがおかしい。なんで俺はここが夢の中と自覚してるんだ?

 自分で自分のほっぺをつねっても夢から覚めない。じゃあここが現実かと言われると何か違う。それに寝た記憶があっても起きた記憶はない。

 その答えは春美ちゃんが教えてくれた。

 「うれしい! 勇樹くん、本当に私に会いに来てくれたんだ!」

 普段は長谷川くんと呼ぶのに唐突な下の名前呼び。

 きっとここは春美ちゃんの夢の中なんだ。

 「えーっと、須崎さん。もしかして俺の写真を枕に敷いて寝たりした?」

 「うん! 教室だとなかなかお話しできないけど、夢の中ならって思って……ダメだった?」

 困り顔で首を傾げる姿が可愛いし、何より俺と夢で会いたいと思ってくれたことが嬉しい。

 「いやいや、須崎さんの夢に招待してもらえてすっげー嬉しいよ。ありがとう」

 須崎さんの夢の中はピンクの雲がふわふわしてるし暖かいし、なんかこうファンシーで居心地が良い。

 「それでね、私いつも頭の中では勇樹くんって呼んでるから、夢の中ではそういう風に呼んじゃうみたいなんだけど、いいかな?」

 「最初はビックリしたけど夢の中で二人きりだしね。須崎さんはこの世界の神様みたいな存在だろうから好きに呼んで」

 ついでに俺も春美ちゃんと呼びたいけど、何がきっかけで引かれるか分からないから我慢我慢。

 「そっかー。神様かー。えへへ、それじゃあ、春美って呼んで?」

 「え゛!? それは従わないと天罰が下ったりする?」

 「一生夢の中に閉じ込めちゃうかも」

 無邪気に笑ってるけど妙に説得力がある。女子ってこういう所が恐い。

 「は、春美……さん」

 「さんとかいらなーい。春美って呼び捨てにして」

 自分は勇樹くんと呼ぶくせに要求のレベルが高い。

 「は、はるみ」

 「くぅ~~~~」

 なんかすごく心に染みているリアクションをしてくれている。俺だって呼び捨てにできて嬉しいけど耐えてるんだぞ!

 「夢の中ってすごいね。なんでも自分の思い通りにできそう」

 「空を飛ぶとか?」

 「うーん、そういう夢を思い描きながら眠ればできる気がする。明日試してみるね」

 「毎日一緒に春美の夢を見られたら楽しそうだ」

 だよねだよね! と春美は子供のようにはしゃぐ。

 「こんな風にギュッてしてさ、一緒のお布団の中で眠ったら毎日同じ夢を見られるんじゃないかな?」

 先程までの子供っぽさが嘘のように、急にオトナびた雰囲気を醸し出す。

 肌がぴたっと密着してその体温が伝わってくる。

 本物を知らないのに感じるこの温度は果たして俺の妄想なのか、春美の夢が成せる技なのか、もはや正解などどうでもいい、とにかくドキドキしている!

 「夢の中では自分が思っていることをどんどん伝えられるのに、現実じゃ全然ダメなんだ。この夢は覚めない方が幸せなのかな」

 左腕にのしかかる春美の存在感が気になり過ぎて話がほとんど入ってこない。

 「夢ってさ、叶えるために見るものなんじゃないかな。現実で俺達がこうなるように頑張る的な」

 春美の質問にちゃんと答えられてるか分からないし、なんかカッコつけすぎた気もする。

 「……私、勇樹くんを好きになって良かったよ」 

 上目遣いでそんなことを言われたらキュン死してしまう!

 頑張れ自分! 俺もだよってささやけ! と心の中で自分を鼓舞しているうちに春美が言葉を続ける。

 「勇樹くんってさ、起きた時に夢を覚えてるタイプ?」

 「夢によるかな。崖に落ちる夢はだいたい見た記憶があるけど、他はなぜか忘れちゃう」

 「そっか、じゃあ勇樹くんを崖から落とせばこのことを忘れずにいてくれるんだね?」

 さっきまでの空気をぶち壊すような恐ろしい発言をマジな目でしないでください!

 「いやいやいや! きっと覚えているよ。そもそもこれ俺の夢じゃないし。……あれ? じゃあ、マジな話、今の記憶ってどうなるんだろ」

 「……私はね、全然夢を覚えてないタイプなんだ。嬉しい夢も悲しい夢も、みんな忘れちゃう。だから今の幸せを忘れちゃうし、現実で叶えようって目標も忘れてまた夢に逃げちゃう」

 「じゃあさ」

 勇気を振り絞ってある提案をする。

 「俺は、現実で春美を遊びに誘うよ。現実の幸せなら忘れないでしょ?」

 春美は涙を浮かべてこくんと頷いた。だんだんと世界が、春美が薄くなっていく。

 ああ、春美が夢から覚めるのかな。俺の意識はどうなるんだろう。

 春美を遊びに誘う! 春美を遊びに誘う! 春美を遊びに誘う!

 なんども脳内で繰り返しながら薄れていく世界に別れを告げる。そして……。

 「須崎さんを遊びに誘おう」

 目が覚めて無意識に口から出た名前はいつも通り須崎さんだった。

 現実でいきなり呼び捨てじゃ向こうもビックリするし、下手すればお互いの学校生活がこじれる可能性がある。

 夢は叶えるために見るものなんて言ったのは自分だ。

 女子を遊びに誘うなんて初めての体験だけど、両想いなのは確定してる……はず。

 今度は俺が勇気を出す番だ。

 自分の中に秘めていた恋が動き出す予感のする、最高の1日が始まろうとしていた。

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