第41話 『剣山の偉人』その3
「おーい。おいらだどー! 開けてくんロー。」
「宝田さんって、どこの人なんだい?」
隣のボスがうちのボスに尋ねたのである。
「さあて。正体不明です。日本生まれではないという話もあります。」
「帰国子女かい。」
「そうですね。」
こいう場合、普通長く待たされるか、結局、反応がないか、というものだが、なんとすぐに、行き止まりの壁が鈍く光り出し、そこにドアが開いたのである。
普通の民家の玄関くらいの、開口部だ。
中からは、明かりが差してくる。
「うそみたい。なに、これ?」
うちのボスが、ささやくように言った。
それから、小柄な女性が顔をのぞかせた。
「お待ちしてました。どうぞ。」
「こりゃあ、どうも。いつもありがとうございます。」
宝田氏は、まさに、『業者』さんという態度に出た。
「いえ。こちらこそ。さあ、早く、中に。」
ぼくたちは、宝田氏を先頭に、隣のボス、補佐役、うちのボスと課長、保田さん、それからぼく、と順番に入口をくぐった。
そこは、洞窟の中というよりは、高級マンションの一室、という感じである。
いまどき、首都でも、このくらいの物件に入ってるのは、政府高官とか、会社のオーナーとか、資産家とか、そういう類の人たちである。
ぼくの場合は、郊外に一軒家を持っていたが、遠いので首都区内にアパートも借りていた。
それは、質素なものだ。
ただし、郊外の家は、元農家のかなり大きな屋敷が、災害や戦争からも、生き残った、珍しい建物を譲ってもらったもので、文化財クラスものだ。
もっとも、ぼろぼろだったが。
畑の火山灰をいくらか掘り、なんとか野菜くらいは栽培が出来た。
さて、その小柄な女性は、なかなかの美人ではあったが、もう、そう若いとは言えないようだった。
ぼくらは、応接室のような、しかし、なんの飾り気のない、簡素な部屋に案内された。
それは、ボスたちの執務室に比べたら、狭い。
つまり、大人数の集会とか、そういうことは、少なくともここでは行われない、と、いうことである。
それでも、何とか全員が収まった。
「父は、ここのところ、気がたっております。失礼がありましたら、お許しください。」
「それは、どうも。急におじゃましましたから。しかも、多人数で。」
隣のボスが、主導権を取ろうとした。
「いやあ、まんず、入れてもらえてよかった。っははははははは。」
宝田氏が、その意図を、あっさりと粉砕した。
彼女が部屋を出て行き、少し間が開いた。
ぼくは、部屋の中を見回したが、ほんとうに、なんにもない。
写真も、表彰状も、メダルも、置物も、花も、すべて、ない。
簡素なテーブルと、椅子だけだ。
「いったい、なにものなんでしょうな。」
と、隣のボス。
「いやああああ。かなりの、大物ですぞ。それは、間違いない。しかし、まともに、顔なんか見たことないしね。ははははあはっは。」
宝田氏である。
この方には、『緊張』と、いうことがないらしい。
どかんと座って、蹴っ飛ばされても、動かないぞ。
という、感じである。
まあ、実際、椅子に比べても、身体はかなり大きいのだが。
そこに、『応接室』のドアが再びあいた。
ひとりの老人が、入ってきた。
「おわ。なななななな、あなたはあ~~~!」
思わず、ぼくが叫ぶように言ったのである。
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