第37話 『隣の施設』その3


 『あなたのことは、よく存じています。』


 おとなりのボスが愛想よく言った。


 『本省にいた頃には、お姿をおみかけしたこともありますよ。なにしろ、あなたは、有名人でしたし。ご機嫌を損ねないように、と、密かに、口伝えで回覧されてましたし。』


 『ほう。なるほど。』


 わがほうの課長が、やけに納得したようにうなずいた。


 『いやあ。そんな、たいしたとないのに。』


 ぼくは、照れて見せた。


 『あなたは、総理との繋がりが深いとされていましたからな。』


 それが、皮肉混じりであることは、間違いない。


 たしかに、ぼくに関しては、そうした噂と言うか、風評というか、そうしたものがさまざま言われていたことは、間違いではない。


 首相は、あまり人と会いたがらなかった。


 昔の首相というものは、非常に多忙で、秒刻みの予定の中で動いていて、たくさんの面会もあったものだが、世界自体が崩壊してしまった以降は、病気の感染を気にするあまり、という側面もあったのだが、めっきり、首相は会見をしなくなったし、客との面談も少なくなっていった。


 今の首相は、その究極である。


 そこで、彼の意向を伝える役割を担うものが必要になり、そのうちの一人が、ぼくだったということは事実だ。


 ただし、ぼくは、彼の擁護者ではない。


 努めて、客観的で、中立であろうとしていた。


 まあ、そういう放送局だし。


 首相も、そこは分かったうえで、ぼくを使っていた。


 他にも、政府の閣僚は別として、さらに立場の違う情報発信人が、複数いた。


 ただし、では、ほかに全国組織の放送局があるかと言うと、ない。


 地域だけの、コミュニティー放送局は散在しているが、ヨコの関係は薄く、それぞれが勝手に動いていた。


 地元については、事細かな情報を流すが、中央に関するものは、政府から流されてくるペーパーが主な情報源だ。


 つまり、国政に関しては、みな、同じ放送内容だった。


 そこにあって、唯一の独立した取材ルートを維持していたのが、かつての公共放送の流れを引く、わが『中央放送局』である。


 政府から、一定の運営資金が出されているが、かなりの部分は、『国際救援機構』という全世界的組織が出していた。


 これは、かつての国際連合の、これまた、流れを引く機関である。


 ただし、もう、虫の息きになっているが。


 だから、『中央放送局』は、独自の運営資金を開拓していた。


 『そんなに言われるほど、首相や、中央政府とのつながりはないですよ。』


 ぼくは、断わりを入れた。


 『そこだよ、あんたさん。』


 宝田氏が、満を持して、話に入ってきた。


 『あんたさんが、なぜ、注目されるのか。そりゃあ、ご自分でも分ってるだろうけども、あんたさんの立場ならば、退職後に、首都から離れるはずがない。離れたとしても、軽井沢あたりに住むだろう。まして、四国に送られるはずがない。首相と喧嘩したなら、話は別だが、それ以外は、普通なら考えられないよ。なのに、あんたさんは、ここに来た。なぜか?』


 『それは、もっと、取材をしたかったからです。特に、この、ここと、お隣りですね、の実情を知りたかった。何をやってるのか。収容された老人はどうなるのか。きちんとね。』


 『そのために、わざわざ、乗り込んできたと?』


 宝田氏は、後ろ側にひっくり返りそうになるくらいに、反り返った。


 『この人たちは、公務員だから、なかなか、はっきり言わないよ。でも、私は、ちょっと違う。地主様だ。公の力はないが、ここでは、隠然とした力がある。自分で言うのもなんだがね。中央の法律は、ここでは、あまり役に立たない。だから、代わりに言うんだ。私には、一種の私設軍隊もある。四国をすぐに制圧も可能なくらいの。しかし、あんたさんは、ちょっと、やっかいだ。あんたさんの狙いは、何か? 我々は、立場がそれぞれ異なる。共通する利害もあるが、真向からぶつかってるものもある。そこに、あんたさんが来た。なぜだ?なにをしたい?』


 『はあ。それで、みなさなん、一緒になって、話し合いする気になったんですな。』


 『まあな。』


 『じゃあ、言いましょう。まずは、ここの施設の全部を、見せてください。それから、あの方に、会わせてください。わかりますよね、大山先生ですよ。あの山の奥にいらしゃるはずだ。』


 『あんたは、いや、あんたさんは、どういう関係にある。あの、伝説の、いささか気がふれたような学者と。』


 『弟子でし。』


 『ぶっ!』


 保田さんが吹き出した。


 受けてうれしいですよ。


 『ふうん・・・でしでし、か。あんたさんは、核の発射ボタンを1個持っている。事実かなあ?』


 『もちろん。事実です。ただし、捜しても、出て来ないですよ。まあ、すでに、探し回ったんでしょうけれど。』


 そこで、当施設のボスが入ってきた。


 『あなたは、いま、お隣の臨時職員ですな。』


 『そうです。まさに。』


 『守秘義務がある。』


 『もちろん。』


 『守りますか?』


 『はい。』


 『ふうん。これは、非常に混み入ったことなのです。いいですか。ここには、いわば、敵、味方が、まさに、揃っています。しかも、表に出さない部分があるとも考えられます。つまり、表向き以外に所属している闇組織があるかもしれない、と、みな、それぞれが思っている。あなたが、独立した存在なのか、それとも、どこかの組織の一員なのか。どうですか?』


 『みなさんが、ちゃんと言うなら、ぼくも言いますよ。』


 居合わせた人々は、お互いの顔を眺め合った。



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