第31話 『自決公社の自決』 その7


 しかしながら、まだ、ぼくの正体を教えるわけにもゆかない。


 言ってみれば、ぼくは、白鳥の騎士であって、いや、そんなにカッコ良くはないな、黒鳥の騎士か、であって、正義の味方ではない。


 この、滅びかけの国の、一番有名な、アナウンサーであり、いや。であった、『マスコミニスト』である。


 その立ち位置こそが、ぼくの使命である。


 保田さんは、どこまで考え付いたのか?


 探る必要はあるが、彼女も、見たままの存在ではあるまい。


 二重スパイなんてものは、巷にごろごろしている。


 本人が、自分は誰かのスパイだなんて、想っていないことだって多い。


 食糧を手に入れるためには、あらゆる手持ちの手段を活用しなければならないのだから。


 国内は、いわば、戦国時代に戻ったような感さえある。


 地上の交通も通信も、インフラとかつて呼ばれていたものも、壊滅し、ばらばらになった。


 軍事力も、大打撃を受けたが、使う人間が大幅にいなくなったのだから、そりゃ、宝のなんとかである。


 大方は、だが。


 しかし、前から言っているように、闇の中に沈み、ひそかに登場を待っているものがある。


 ぼくは、たまたま、その一部を握っている、と、思う。


 証拠はある。


 反応があるからだが、最終的には、やってみなければわからない。


 この国の、あわれな首都などは、ひとたまりもないだろう。



 この場に居合わせた中でも、もっとも、純粋な存在なのは、たぶん、施設長だろう。


 『施設長さんは、今はなき、旧公務員試験を受けて、採用されたかたですかな?』


 ぼくは、保田さんから振り向けられた視線を、軽くかわしてしまった。


 『おっと、こっちに、振りましたか。ほほほほほ。そうなんです。旧採用試験の、最後のひとりです。』


 『もちろん、基幹職員クラスの?』


 『まあ、そうですよ。本来なら、内務省の本庁舎にいるはずですね。でも、そういうことは、なくなりましたね。もう、帰ることはないかもしれないですね。』


 『ほう。首相の悪口でも、言いましたか。』


 『そらもう、たっくさん。ただし、おお真面目に。』


 『ぼくは、ちょっと、覚えがあるんですよ。かつて、官邸の取材に入った際、あなた、官房長のとなりに、いませんでしたか?』


 『まあ、たぶん、当たり。あたくしも、覚えていますよ。まだ、いくらか、お若かった。お互いにですが。』


 『ふん、仲良くお話し中ですが、さきほどの話しに戻します。我々は、自分達がやっている行為が、すべて、正しいとは、思わない。ここが、なにか、を、知らないアルバイトの人たちは多い。いえ、秘密なんですから、知らないのが普通で、知っているわたしたちは、異端者です。しかも、前の施設長までは、対立関係にありました。ところが、あなたは、驚くべき話を持ちかけてきました。』


 『待ってください。ぼくは、知らないことですね。』


 保田さんは、体をのりだすようにして言った。


 『そうです。まあ、きのうの今日みたいな事だから、仕方がないのです。あなたの、正体がはっきりしないから、とりあえず、非正規職員にしてもらいました。そうしておけば、あり得ないような破滅は、いくらか、防げるだろうと、考えたから、です。』


 『ぜんぜん、信用されてないんだな。』


 『まあ、そうですね。そこで、この、食事会です。』


 施設長は、こう付け加えた。

 

 『保田さんから、提案があったときは、正直、ちょっと、考えました。わたくしたちも、あなたは、マークしていました。さりげなく、逃がさないように、注意もしていました。もしかしたら、あなたは、あの、謎の秘密結社『緋色の絆』か、あるいは、オカルト集団『コロナの嵐』か、それとも、南北アメリカ連合国と欧州共和連合の生き残り、『自由連合』のスパイか、エージェントか、とか、色々考えていました。いまや、テロ集団は、世界中に、無数にありますし。でも、保田さんから聞いた話では、あ、これは、言って良いですか?』


 施設長の問いに、保田さんは頷いた。


 『そのなかでも、世界の終末と、人類の完全抹殺を画策しているという、まだほとんど知られざる深い闇の中の存在の『シュバルツ・バルト』とかいう、幽霊みたいな組織に絡んでるのでは、と、保田さんはみているんだそうですが。日本語なら、黒い森、ですね。』


 『まあ、証拠はないですよ。でも、あなたの、『深夜のニュース・ステージ』という人気番組。わかりますよね?』


 『そりゃあ。実際にやってましたから。』


 『はい。あの番組の終わりに、いつも、違うクラシック音楽が流れます。いまは、流れないですよ。あなたの、後任者は、あれは、やめたようです。あの、選曲は、あなたが、ご自身でやるのですか?』


 『まあ、しゅみですからね。』


 『そうですか。あの、登場をする作品の題名と、作曲者の、まなえ、ですが、あれ、むちゃくちゃでは、ないのではないですか?なんらかの、規則性がある。』


 『はあ? いやあ、あれは、その日の気分ですから。』


 ぼくは、あくまで、すっとぼけたのである。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る