快晴の朝
鈴木 千明
朝が来た
カーテンの隙間から、朝日と鳥のさえずりが漏れる。時間を確認するため、スマートフォンをどかして時計を見る。怠い身体を起こし、カーテンを開けると、太陽しかない青空が広がっていた。
最高だな。
短く笑い、朝食の準備をする。湯を沸かす間に、酒瓶を片付ける。大事に飲んでいたが、昨晩は残っていた酒を全て飲んだ。当然のごとく二日酔いだ。
火を消し、沸騰したお湯の半分をカップ麺に注ぐ。蓋をして、箸を重石にした。塞ぎきっていない隙間から、食欲をそそる匂いが漂う。
いつものように缶詰を1つ取り出す。昨日、酔った勢いで全て食べてしまおうかとも思ったが、踏みとどまって良かった。
もう半分のお湯を冷ましながら飲み、フルーツ缶を開ける。パイナップルを口に放り込み、シロップで流し込む。
静かだ。車の音はもちろん、人の声も聞こえない。鳥の鳴き声だけが届く、爽やかな快晴の朝。
そろそろかと思い、カップ麺の蓋を開ける。良い匂いが胃袋を刺激する。ふと思い立って、カップ麺を手に立ち上がる。こんな最高の朝だ、せっかくだからベランダで食べよう。
ガムテープで穴を塞いだガラス戸を開ける。何十日ぶりかの摩擦に、レールが悲鳴のような音を上げる。昨日まで外は騒がしかったが、今日は本当に静かだ。インスタント麺を啜る音が、目の前の道路にまで響く。
もう一度、空を見る。突き抜けるような青。
不意に笑いが溢れる。堰を切ったように、笑いが止まらなくなる。過呼吸になりながら、カップ麺の汁を飲み干した。二日酔いも相まって、視界がくらくらと回る。それさえ心地良く感じるほどに、愉快だった。
いつか窓に石を投げてきた男は、この朝に何を思っているだろうか。あの時、このガラス戸を開けて顔を出すと、もう1つ石を投げてよこし、狂った笑いを残して走り去ったスーツの男だ。
まぁ、どうでも良いか。
電気のつかない部屋を、朝日が照らす。湯を沸かしていたアルコールランプを、物置台と化したコンロの上に戻した。尿意を催し、ドアに3重にかけたチェーンを外していく。念のため、金属バットを手にし、辺りを窺ってから外に出る。
太陽の光をまともに浴びるのは久しぶりで、眩しくて目を細める。
昨日で、世界は終わるはずだった。
昨晩まで、空には無数の宇宙船が浮いていた。太陽だろうが月だろうが、空の灯りの前には、船のシルエットが浮かんでいた。地球外生命体がこの星を乗っ取りに来ている。そう言われていた。しかし、あれがなんだったのかは、結局わからず終いだ。今の空には、そんな影は1つも見えない。姿を隠す雲さえない。どっかの偉い学者様方が、昨日が人類最後の日だと、口を揃えていた。世界中の国がそれを認め、社会は機能しなくなった。地上では狂った人間たちが、奇声をあげて暴れていた。法律も秩序も国家も倫理も、何もかもが壊れていた。
ある意味、世界は終わったな。そう思い、また笑い声を上げる。
最高の朝だ。
ただ、酒は残しておいた方が良かったな、と少し後悔しながら。
快晴の朝 鈴木 千明 @Chiaki_Suzuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます